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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

欧州の命運を握った従姉・エイメとジョセフィーヌの物語

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フランス皇后とトルコ皇后になった従姉

エイメ・デュ・ビュク・ド・リヴェリ(1763-1817)と

ジョセフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814)は

ともにフランス領西インド諸島マルティニーク島の生まれ。

2人は従姉で、家も近く年が同じこともあり、幼い頃から仲良しでいつも遊んでいました。

やがてこの2人は、18世紀ヨーロッパを揺るがす大人物になります。

エイメはオスマントルコ皇后になり、マフメト2世の母としてトルコ政治を操り、

ジョセフィーヌはナポレオンの妻となり、夫と帝国フランスを支えます。

今回は欧州を揺るがしたフランス女・エイメとジョセフィーヌの物語です。

 

1. 黒人老婆のお告げ 

2人がまだマルティニク島に暮らしていた頃、土地の黒人老婆の占い師に手相を見てもらったことがあったそうです。

まずはジョセフィーヌが見てもらいます。

お前さんは2度結婚することになるよ

2人目の亭主は見栄えこそしないが、途方もない権力を握るだろう

お前さんも王妃になるが、栄華は長くは続かないよ

やがて全てを失い、孤独の中でこの島のことを懐かしく思いながら生涯を終えるだろうさ

次にエイメが見てもらいます。

おや、驚いたね

お前さんは皇帝のハーレムに投げ込まれると卦が出ている

けれど、産んだ王子が帝位に座ることになるから、お前さんも権力を握ることになるよ

けれど極めてしまった幸福はやがて虚しくなるもんさ

お前さんは異境の地で、虚しく死ぬことになるよ

と途方もないお告げをされ、恐ろしくて震えるエイメをジョセフィーヌが慰めた、と言われています。

これは後世に脚色された物語でしょうが、老婆のお告げは両方とも実現することになるのです。

 

2. ジョセフィーヌ1回目の結婚と離婚(16〜21歳)

ジョセフィーヌは16歳の時に、フランス本土に呼ばれアレクサンドル・ド・ボアルネという貴族と結婚します。

ところがこの結婚はうまくいかず、1男1女を授かるも4年で離婚。

 ジョセフィーヌはパンテモン修道院に入るのですが、そこは修道院とは名ばかりの規律のユルい場所で、恋愛の歴戦のツワモノ淑女たちが身を寄せている場所でした。

ジョセフィーヌは彼女たちに大いに感化され、いっぱしのレディに変貌します。

 

3. エイメ、留学からの帰郷中に海賊に拉致(13歳〜21歳)

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エイメは13歳でフランス本土に渡り、8年間ナント修道院で勉学に励みます。

21歳で故郷であるマルティニク島に帰ろうと船に乗っていたところを、アルジェリアの海賊に拉致されてしまいます。 

エイメを見た海賊は、よほどの上物を捕まえたと思ったようで、自分は手を出さずにアルジェの親玉に献上。

アルジェの親玉もこれは上物だ認め、さらにイスタンブールの皇帝に献上することに。

こうしてエイメはオスマン・トルコ皇帝アブドル・ハミト1世のハーレムに入ることになってしまいます。

 

4. エイメ、皇帝アブドル・ハミト1世の子を生む(23歳)

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皇帝アブドル・ハミト1世は、エイメの白い肌と金髪、そして上品な姿を一目見るなり気に入ったようで、たびたびお声がかかるようになります。

 最初は状況が受け入れられず拒むものの、次第に環境に順応し皇帝の寵愛を受ける妃へと成長。

 やがてエイメは子を授かり、無事に皇帝の第3王子(後のマフメト2世)を出産します。

エイメは産まれた子に西洋式の教育を施し、マフメト2世はたくましく成長します。

 

5. ジョセフィーヌ、ナポレオンと結婚(32歳)

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ジョセフィーヌはフランスの社交界の貴婦人となり、様々な貴族や有力者の愛人となって金を巻き上げて暮らしていました。 

そんなある日、王党派の反乱を鎮圧し名を売り出し始めていた26歳のナポレオン・ボナパルトと出会います。

ナポレオンは当時はまだウブな若者で、百戦錬磨の恋の達人・ジョセフィーヌにかかりイチコロでメロメロになってしまいました。

ナポレオンはすっかり舞い上がってしまい、ジョセフィーヌに結婚を迫ってきます。

ジョセフィーヌは「何よ、この田舎軍人」と思いつつも、

32歳という年齢と、借金を抱える身であることを思い、求婚を承諾することにしました。 

 

6. ジョセフィーヌ、浮気のし過ぎで離婚の危機(34歳)

浮気を楽しむジョセフィーヌ

結婚早々、ナポレオンはイタリアに遠征に赴きます。 

戦地からジョセフィーヌに宛にたびたび送られてきた熱烈なラブレターは非常に有名ですが、なんとジョセフィーヌには既に浮気相手がおり、

「ウチの旦那ったら、こんな手紙を書いてきて。おかしな人」

と社交界で手紙を見せびらかしてナポレオンを物笑いの種にしていたのです。

ナポレオンはその時、破竹の勢いで各国軍を破り、押しも押されぬフランスを代表する将軍に成長していました。

それでもジョセフィーヌは夫を侮り、相変わらず浮気を楽しむ始末。

ブチ切れるナポレオン

エジプト遠征の最中、ナポレオンは妻の不貞を洗いざらい知らされます。

怒り狂ったナポレオンは、フランスに帰国し家に帰るなりジョセフィーヌと家財道具一式を家から叩き出し、

「誰が何と言おうと離婚だ!」

と言い張り部屋に籠ってしまいます。

自らの不運を嘆き、地面に突っ伏して泣きわめくジョセフィーヌ。

 と、ここにナポレオンが実子のように可愛がる息子と娘が加わり、

「お父様、どうか、どうかお許しください」

と泣き詫びること数時間。

とうとうナポレオンが折れ、胸にジョセフィーヌを抱き入れて全てを許したのです。

何て心が広い男だ、ナポレオン・・・

 

7. ジョセフイーヌ、フランス皇后に(40歳)

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 この一件ですっかり心を入れ替えたジョセフィーヌは、ナポレオンのために尽くし、社交界で培った人脈を活かし有力者や政治家に働きかける、良き妻となります。

 ナポレオンが政権を握ると、ファーストレディとしてその重要性は増し、

温和で愛想がよくさっぱりとした性格は、ナポレオンが放つ固く緊張した空気を和らげていました。

そして1804年、元老院決議により皇帝ナポレオン1世が誕生。

ナポレオンは実力で皇帝となったことを示すために自らの手で戴冠し、続いて階段の下にひざまずくジョセフィーヌの頭にも皇后冠を授けました。

 

8. エイメの息子マフムト2世、オスマントルコ皇帝に(46歳)

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一方、トルコでは皇帝アブドル・ハミト1世が死去。 

次期皇帝に、エイメの子であるマフムト2世が即位します。

マフムト2世は、母エイメが注ぎ込んだ西洋風の教育もあり、西洋文化を好み、特にフランスの制度や文物を取り入れて、旧態依然の大国トルコの近代化を図ります。 

自然と、ナポレオンのフランスと、マフメト2世のオスマン・トルコは親密な関係となり、

ナポレオンの遠征時もトルコはフランスに対する支援を惜しまず、またフランスもトルコの軍事近代化を支援しました。

 

9. ナポレオン、ジョセフィーヌに離婚を言い渡す(46歳)

ナポレオンの政治的地位が上がってからは、2人の立場は逆転し、今度はナポレオンが浮気を繰り返し、ジョセフィーヌが嫉妬するように。

ただ、この嫉妬も切羽詰まったものがあり、というのもジョセフィーヌとナポレオンの間には子どもができなかったのです。

皇帝たるもの、血を継いだ跡継ぎを残すことが何より大切になります。 

ナポレオンは、自分のほうに問題があるのではないかと悩んでいたらしく、

それもあって周囲に勧められても決して、ジョセフィーヌと離婚しようなどとは考えませんでした。

ところが1809年の春、浮気相手のヴァレフスカ夫人が妊娠したことが発覚

 これは個人を超えた国家的な問題であるとし、やむなくナポレオンはジョセフィーヌに離婚を宣告。

それを聞いた際、ジョセフィーヌはその場に卒倒したと言います。

 

10. ナポレオン、没落

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1812年、ロシア遠征がナポレオンのその後の運命を大きく変えることになります。 

ナポレオン軍はロシア・モスクワに侵攻。

ロシア軍の焦土作戦とゲリラ戦法、そして大寒波によってフランス軍は敗退。

ナポレオン失脚の幕となる歴史的な戦役なのですが、その部隊裏にはトルコの存在があったのでは、と言われています。

フランス軍がロシアに侵攻するにあたり、トルコは交戦状態にあったロシアと、イギリスの仲介を得て、領土を割譲してまで講話。

トルコとの戦争に駆り出されていたロシア兵5万は、ナポレオンが占領していたモスクワに襲いかかり、フランス軍は絶望的な退却戦を余儀なくされます。

今となっては分かりませんが、従姉ジョセフィーヌへの仕打ちに対する、エイメの復讐だったのでは?と噂されています。 

 

 

その後の2人

ジョセフィーヌはナポレオンが失脚し、エルバ島に流されて1月後に肺炎でこの世を去ります。

「ボナパルト………エルバ島………ローマ王」 

が最期の言葉だったそうです。 

ジョセフィーヌが亡くなって3年後、エイメも息子のマフメト2世に看取られながら、イスタンブールで亡くなります。

共に、幼い頃に黒人の老婆に予言された通り、遠い異国の血で、故郷の土を踏むことなく、亡くなったのでした。

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