歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

支配正当性とは何か - 日本とインドネシアの比較から

f:id:titioya:20150504123730j:plain

11世紀ジャワ島を支配したシンガサリ王朝

今回は、11世紀にインドネシアのジャワ島を支配したヒンドゥー系シンガサリ王朝を中心に、日本とヒンドゥー文化圏の支配者の正当性の比較について書いてみます。

めちゃマニアックなテーマなのですが、個人的におもしろいと思ったので記事にします。

まず最初に、支配者の正当性を語る上でかかせない「歴史」について、ヒンドゥー文化圏における位置づけから述べていきます。

 

ヒンドゥー文化における「歴史」の位置づけ

f:id:titioya:20070823193833j:plain

10世紀後半以前のインドの歴史というのは、実はあまりよく詳細が分からないのだそうです。

というのも、ヒンドゥー文化圏において歴史というものはさほど重要なものではなく、過去に起こったことは1000年前だろうが100年前だろうが特に区別なく、時系列を平たく見る感覚があるそうです。

逆に重視されたのが神話的叙事詩や物語。これに関してはインドは後世に残る偉大なものを多く残しています。

そのためヒンドゥー教文化圏の歴史を追うことは非常に難しく、石碑を追ったり、他国の文献を参照しながら見ていくしかないようです。

しかもその石碑というのが、物語チックというか、神話と事実が一体になったものが多く、どこまでが本当でどこまでが味付けなのか分かりづらいようです。

ちゃんとした歴史が記録され始めるのは、アフガニスタンから北インドにイスラム王朝が侵入する10世紀後半からです。

では、歴史が重用視されない文化圏で、支配者はどのように自身の支配の正当性を保持するのか?

 

日本の場合

f:id:titioya:20150504123815p:plain

本題に入る前に、比較対象として日本のそれを確認しましょう。

鎌倉時代から江戸時代までの約700年間、日本は武家による支配が続いていましたが、

多くの武士は領民を支配するにあたって、その正当性を血統に求めました。

すなはち、清和天皇を祖とする清和源氏と、桓武天皇を祖とする桓武平氏といった天皇の皇別(皇室の一門の中で臣籍降下した分流・庶流の氏族)であることが正当性を持ちました。

徳川家のように中には血統を偽っていたこともよくあったようですが、

とにかく日本では天皇家の血を引いていることが支配者の証であったのです。

 

ではヒンドゥー文化圏であったインドネシアはどうだったか。

インドネシア・ジャワ島に1222年から1292年まで存在したシンガサリ王朝。建国者はケン・アンロという人物です。

シンガサリ王朝の歴史が記されている「パララトン」という年代記から、建国までの話を抜粋してみます。

 

PR

 

ヒンドゥーの神・ブラフマーの息子

f:id:titioya:20150504123832p:plain

ブラフマーの神は自分の子どもを生ませる女を探していたところ、ちょうど新婚の夫婦がいました。

二人は農業を営んでおり、妻は夫のために田へ弁当を持ってきていました。

ブラフマーは地上に降りてきて妻を犯し、こう言います。

お前はもはや夫と寝てはならんぞ。もしそうしたら夫はすぐに死ぬし、オレの息子にもけちがつく。オレの息子にはケン=アンロと名をつけろ。この子はやがて全ジャワの運命を左右するのだ

ブラフマーは消え失せます。

妻は夫のいる田に近づき、事の次第を告げて言いました。

「あなた、私たちの結婚生活もこれまでだわ。だって神様がそう言ったのだもの」

やがて生まれたのがケン=アンロ。母親は彼を墓場に置き去りにするが、ちょうどそこに居合わせた盗賊に拾われてその養子になります。

 

 "灼熱の子宮を持つ女" ケン=デデス

f:id:titioya:20150504123730j:plain

アンロは強盗をしながら成長し、トゥマーペル地方の知事トゥングル=アメトゥンのもとで働くようになります。

そして知事の妻ケン=デデスの美貌にひかれ、愛欲の海に溺れていきます。

トゥングル=アメトゥンが死んだ後、アンロはデデスと共謀、勢力を拡大して兵力を蓄えていきます。

デデスは「灼熱の子宮を持つ女」という、何と言うか、スゴいあだ名を持っていました。

このあだ名はもともとヴィシヌ神の配偶者デヴィ・シュリーのもので、デデスがこの神の化身と見なされていた証拠です。

そのため、ブラフマーの子であるケン=アンロとヴィシヌ神の化身であるケン=デデスのカップルの支配、という支配者の正当性の論理武装がここでなされているのです

 

シンガサリ王朝の成立

アンロはまず鋭利な短剣を注文し、これを友人に貸しました。

そして友人がこの短剣を多くの人に見せびらかしたのを見すまし、一晩これを盗み知事を殺害。現場に短剣を放置します。 

友人はただちに捕えられ処刑されました。こうしてアンロはデデスと知事の座を手に入れることに成功。

その後アンロは1222年にクディリ朝最後の王クルタジャヤをガンテルの戦いで敗死させ、新しい王朝であるシンガサリ王朝を開きます。 

 

神話と為政者の一体化

我々からすると歴史とは思えませんが、ヒンドゥー文化圏にとって歴史とはこのような半神話のような形が多いようです。

為政者が支配を正当化するためには、被支配者が納得する理屈が必要ですが、

インドやインドネシアのような多民族が混在した地帯ではそれがヒンドゥー神話に求められました。

すなはち、ヒンドゥーの神々と為政者を同一化することによって、支配の合理性の創成がなされ、王朝が代わるごとに新たなコンテクストが作られていくのです。

「神様の生まれ変わり」というコンテクストは、庶民にとっては飲み込みやすいのかもしれません。ただ、新たな「神様の生まれ変わり」が出てくる可能性も高いところが欠点です。

このシンガサリ王朝は、内紛によってわずか70年で滅びています。

 

 

日本の場合

翻って日本はほぼ1つの神話しかないのですよね。

もともとは様々な部族が割拠していてそれぞれコンテクストがあったであろう日本列島を、神武天皇から始まる1つの神話で統一してしまった。アイヌや琉球のコンテクストも破壊してしまった。

日本の歴史はその神話の延長線上に繋がっているのであって、新たなコンテクストを作る人物が現れなかったし、作る必要もなかった。それに乗っかれば良かったから。

そこに天皇というものの存在の大きさと、日本の国体の強靭さを感じます。

PR