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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

遊牧民族・アラニ人の歴史【中国〜アフリカ】

ロシア

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ロシア連邦・北オセチア共和国

ロシア南西部に、連邦を構成する共和国の1つである、北オセチア共和国があります。

その名の通り、オセット人の共和国なのですが、遡ってみるとオセット人の先祖は「アラニ人」というイラン系遊牧民族になるそうです。

このアラニ人という民族はなかなか面白く、

あるときはゲルマン民族と一緒に北アフリカに王国を作ったり

あるときはモンゴル人と一緒に中国に進出したりと世界史を縦横無尽に駆け回った民族です。

今回はそんな、フットワークの軽いアラニ人の歴史を見ていきます。

 

アラニ人の生活様式

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アラニ人は、スキタイやサルマタイ人など色々な民族をルーツに持っていますが、

共通しているのはイラン語系の言葉を話す民族であること、家や定住地というものを持たず、家畜とともに水や草を求めて、荷車を引いて回る遊牧民族であることです。

荷車には生活用具の一切合切が詰まっており、昼は荷車を家畜に引かせて草原や砂漠を移動し、夜になったら荷車の中で家族共々寝る。言わば荷車がアラニ人の家みたいなものでした。

現在の黒海の北や東部付近の草原を中心に居住していました。

 

派手なアラニの戦士

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アラニの戦士は騎馬での戦闘スタイルを得意としており、

長弓からの遠方射撃で敵を混乱させた後、長槍を抱えた重騎兵による突撃で一気に打撃を与えるスタイルが基本でした。

戦闘時には抽象的なデザインで装飾された宝石で飾った戦闘服を好んで着たそうです。

その雄々しく派手なイメージから、現在では一部のネオナチから熱狂的な支持があるようです。

 

チェルニャコヴォ文化

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現在のウクライナ周辺に定住した一部のアラニ人たちは、原住民のスラブ族やゲルマン系のゴート族などとともに、独自のチェルニャコヴォ文化を発達させます。

スラブ人によって農業が行われ、アラニ人によってローマなどと交易が行われ、ゲルマン人によって狩りが行われ、といった棲み分けがなされ、

民族ごとの対立は少なく平和的な共存がなされたようです。

 

フン族の侵入によりヨーロッパへ進出

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ところが4世紀になると、東からフン族の大軍が襲来します。

チェルニャコヴォ文化を担ったアラニ人や、スラブ、ゲルマン諸民族も多くが殺され、生き残った人たちは大挙してローマ領内に移動を始めます。これが名高いゲルマン民族大移動です。

 アラニ人たちも各地へ散り散りになります。

一部は南のコーカサスの山岳地帯、また一部はゴート族などとともにローマ帝国領内に進出。現在のハンガリーに逃げ込みます

ところが逃亡先のハンガリーにもフン族が襲来。ここでさらに分裂し、一部はダキア(現ルーマニア)に逃亡。一部はさらに北フランスに逃亡

ここからローマによってブリテン島(イギリス)やガリア(フランス)に入植地を与えられて定住する者も出てきたようです。

しぶとくハンガリー高原に残った者も、後に襲来するアヴァール人に追われ、故郷であるコーカサスに逃げ込みました。

 

ヴァンダル族と同盟、北アフリカに移住

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北フランスに逃げたアラニ人の一部で定住できなかった者たちは、ヴァンダル族の王ゲイセリックと同盟を結び、以降運命共同体として常に行動を共にします。

ヴァンダル族とアラニ人は、ゴート族が占領するイベリア半島を経て、北アフリカに進出。当時のローマ帝国アフリカ属州の駐在軍を撃破し、原住民のベルベル人を従えつつ、北アフリカの中心都市・カルタゴを占領。ヴァンダル王国を建国します。

ヴァンダルはシチリア、サルディニアなどの地中海の要衝を制圧、さらにはローマを占領(455年)したり、東ローマ艦隊を殲滅(468年)したり、まさに地中海を縦横無尽に荒し回ります。

アラニ人はヴァンダル族の戦闘には必ず突撃隊の要因として駆り出され、大いに活躍をします。

 しかし、ヴァンダル王国は建国からわずか100年で、東ローマ皇帝ユスティニアヌスの討伐軍に敗れ崩壊。アラニ人たちもヴァンダル族と運命を共にし、北アフリカの大地に消えてしまいます。

 

モンゴルの侵入で再び離散

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 1217年、モンゴル帝国のチンギスハンは、現在のイラン周辺を統治するホラズム王朝への侵攻を開始。ホラズム王朝はモンゴルの怒濤の進軍の前になすすべなく崩壊。

コーカサスに住むアラニ人(オセット)たちもその余波を受け、一部は故郷から逃げだして再びハンガリー高原に移住。当地でマジャール人と同化します。

一部はモンゴルの軍門に下り、アス人(オセット)として中国やモンゴル高原に移住。

アス人親衛隊の強力な騎馬隊は、元朝支配下の数々の戦役で重要な役割を果たします。

元朝が明によって北方に追われ、北元を形成した後はアス人はモンゴル遊牧民族に同化し、アストという名前で氏族を形成しました。

 

ロシア連邦・北オセチア共和国

さて、現在の北オセチア共和国は、そのアラニの末裔オセット人が人口の多数を占める共和国です。

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豊富な天然資源、観光資源、力士

好調な経済を引っ張るのが、豊富に採れる亜鉛、鉛。

また土地も肥えているので小麦やトウモロコシがよく穫れます。

加えて、豊かな自然を活かしたリゾートやアウトドアや、遺跡ツアーの開発など、観光業にも力を入れているようです。

ちなみに、大相撲の力士排出地としても有名で、露鵬、白露山、若ノ鵬、阿覧が北オセチアの出身です。

本当に、戦闘民族なんですねえ。

 

グルジア領・南オセチア自治州 

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グルジア領の南オセチア自治州は、北オセチアと同じく、アラニの末裔であるオセット人が多数派ですが、グルジア政府のグルジア民族主義政策に反発し、グルジアから独立を求める運動が盛んになっています。

裏で糸を引いているのはロシアで、親EU路線を進めるグルジアに楔を打ち込む狙いがあると思われます。

2008年にはグルジア軍が南オセチアに侵攻(南オセチア紛争)。グルジア軍とロシア軍との散発的な戦闘が起こっています。

 

 

まとめ

いや、凄まじいですね。

世界を股にかけ、とはこのことでしょうか。日本人には理解できないスケールの大きさです。

しかし、一回も自分が主体でないところや、常に外部環境や大国に振り回されながら、それでも必死に生き続けているところに、アラニ人、オセット人の美しさと悲しさがある気がします。

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