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幻のユダヤ人国家計画【7案】

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1900年近く国がなかったユダヤ人

ユダヤ人と言えば、現在ではイスラエルという自前の国家を持っていますが、

1948年に建国するまでは、ローマ帝国によって66年にユダヤ王国が滅ぼされて以来、およそ1900年近く亡国の民でした。

国が滅びて以来、ユダヤ人たちは各地に離散し(ディアスポラ)、いつかは約束の地・パレスチナに戻りユダヤの国家を建設することを夢見ていました。

ユダヤ国家建設はずっと主張され続けていましたが、18世紀から議論がさかんになり、その時々の政治的・社会的状況に応じ、様々な「ユダヤ人国家計画」が持ち上がっては消えていきました

このエントリーではそんな「幻のユダヤ人国家」を紹介します。

 

 1. アルゼンチン案

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1896年に、セオドア・ハルツィという人物によって提唱されたアイデアで、

現在のアルゼンチンの一部とチリの一部が、ユダヤ人のホームランドとしての潜在性が十分にあるため、是非ともこの地をユダヤ人国家として独立させよう、というものでした。

著作で提唱しただけで全く支持が得られず、特に大きなムーブメントにもならずに終わっています。

 

2. アメリカ・ニューヨーク州案

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1820年、マニュエル・ノアという人物が、ニューヨーク州ナイアガラ川にあるグランド島を「アララト(ノアの箱船がたどり着いた山の名前)」と呼び始め、「ユダヤ人が集うべき場所」と提唱する運動を始めました。

ノアは最終的に、ユダヤ民族はパレスチナの地に戻るべきだとしながらも、

その「アララト」で、アメリカ国内でユダヤ人の集合地帯を作り、そこで民族共同体作る運動を押し進めました。

 

3. ウガンダ案

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イギリス植民地省のジョセフ・チェンバレンによって提唱された案で、当時イギリス領だったアフリカのウガンダにユダヤ人の入植地を作ろうと言うアイデアです。

この案は、ユダヤ人有力者で作るシオニスト会議にかけられ、少なくない賛同は得たものの、やはりパレスチナじゃないどダメだ、という意見も強く、物別れに終わります。

その後、現地を視察したユダヤ人が、ライオンやチーターなど獰猛な猛獣と、剽悍な原住民マサイ族の存在にすっかり怯え、イギリスの提案を却下してこの案はボツになってしまいます。

 

4. ソ連極東案

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1928年、レーニンの社会主義民族政策により、ソ連各地のユダヤ人がロシア東方に集められ、ユダヤ人自治区が作られました。

しかし1930年代になると、スターリンのもとでユダヤ人は迫害され、1948年のイスラエル建国でユダヤ人の人口は一気に減少し、現在のロシア連邦にもユダヤ人自治州は存在するものの、ユダヤ人の人口は5%程度に過ぎず、名ばかりな存在となっています。

 

5. 満州国案

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1934年に、日産コンツェルン(現:日産自動車、日立製作所など)の創業者である鮎川義介が提唱した「河豚計画」がそれで、

満州国にヨーロッパから迫害ユダヤ人を招いて自治区を作り、ユダヤ資本を満州に入れることで満州経済を活性化させようというものでした。

ですが、同盟を結ぶドイツ・イタリアの反ユダヤ政策との連携、そして本計画の有力な協力候補であったアメリカとの関係悪化のため、計画は挫折に終わります。

 

6. マダガスカル案

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ナチス・ドイツによって提唱された案で、ナチス支配下に住む全てのユダヤ人をマダガスカル島に強制的に移住させようというもので、発想はアウシュビッツ収容所と同じです。

計画は移住させるまでで終わっており、ユダヤ人が移住した後のことは全く考慮されておらず、二重に酷いのは、マダガスカル原住民のことも一考だにされていないことです。

ヒトラーはイギリスを征服後に制海権を確保した上で、イギリス艦艇を用いて全てのユダヤ人をマダガスカルに移す、という計画を立てますが、バトル・オブ・ブリテンでの敗北で計画は頓挫しました。

 

7. ガイアナ案

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1940年に当時イギリス領だったガイアナに、ユダヤ人国家を建国する案が浮上しましたが、何だかんだでイギリス政府によって拒否され、うやむやになって頓挫しています。

 

 

まとめ

何でしょう、この、スッキリしない感じ。

ユダヤ人国家を作ろうという気持ちはいいんですが、アフリカ案とか、南米案とかその節操のなさ。本命はパレスチナだったんでしょうけど。

そしてイギリス、ドイツ、ソ連、日本などの列強にいいように駒に使われてしまう悲しさ。

そんな悲しい歴史を背負っているのに、いまイスラエル政府がパレスチナで行っている残虐行為。

そのもろもろを知ると、人間の歴史の一番醜い部分が集約されている気がして、心のモヤモヤが晴れないです。

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