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インパール作戦に独立を夢見たナガ族

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インド東部の少数民族・ナガ族

インド東部のナガランド州には、チベット・ビルマ語系の言語を話す、少数民族のナガ族が住んでいます。

もともとは「男は首狩りできないと結婚できない」というような独特の首狩り文化を持った民族でしたが、現在は多くの住民がキリスト教を受け入れています。

ナガ族はイギリスやインドからの独立を目指し、その夢を日本軍のインパール作戦に賭けた歴史があります。

 

日本軍によるナガランド制圧 

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1944年3月、インパール作戦実行中の日本軍は、ナガランド州の中心地・コヒマに進軍。

日本軍と共に進軍してきたインド国民軍のスバス・チャンドラ・ボースは、ナガ族の指導者であるピゾと接触

この時、ボースはピゾに対し「インド解放の後にはナガランド独立を認める」として、ナガ族のインパール作戦への協力を求めます。

これを信じ、少なくない数のナガ族が日本軍に協力。逆に、その言葉を信じずに宗主国のイギリス軍に協力する者もいたようです。

インパール作戦はその後、補給を無視した無謀な作戦行動の末、戦線が崩壊し大失敗。

ナガランド独立を約束したチャンドラ・ボースも、1945年に飛行機事故で死亡。

ところが、ピゾとナガ族は独立を夢見て、その後も独立活動を続けることになります。

 

ナガランド独立宣言

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ピゾはナガ民族評議会(NNC)を設立し、独立の準備を進めます。

「かつてイギリスに降伏したことはあるが、インドに降伏した覚えはない」とし、イギリス政府と独立に向けた協議を開始します。

イギリス政府は、ナガランドをイギリス領のまま残すか、なども検討したようですが、当時はパキスタンの分離独立でインド中が大荒れの時代。

もしナガランドをひいきすれば、インド中が大混乱に陥る危険性があったため、独立は拒否されてしまいます。

ピゾはガンジーにも会って、ナガランドの独立を懇願しますが、

もともとパキスタンの分離独立にも反対だったガンジーには、とんでもないこと!として諌言されてしまいます。

孤立した独立派は、1947年8月14日突如としてナガランドの独立を宣言

これに対し、インド軍はナガランドに鎮圧軍を派遣。

ナガ族も抵抗運動を繰り広げ、血みどろの内戦状態に陥ります。

1956年にはナガランド連邦政府の設立と独自憲法を発布し、インド政府と対立します。

 

武装闘争が行き詰まり、独立を断念

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ナガランドはパキスタンからの軍事支援を受けており、東パキスタン(現バングラディシュ)にはNNCの軍事訓練施設もありました。

しかし、1963年にインド政府がナガランドの自治を約束したのと、1971年に東パキスタンがバングラディシュとして独立したのを機に、ナガ族の武装独立闘争は収まっていきます。

1975年にはNNCはインド政府との間で和平協定を結び、インド憲法を受け入れ独立を断念

和平協定に不満な急進派は、ナガランド民族社会主義評議会やナガランド人民共和国政府を設立し、現在でもゲリラ的な武装闘争を行っているとのことです。

 

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