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マルタ巨石文明はアトランティスという記事

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ネットを見てたら、こんな記事を見つけました。


すごく長いので要約すると、

  • マルタ島=アトランティス説が存在する
  • 8000年ほど前は、マルタ島は今より大きく豊かな土地で巨石文明が栄えていた
  • マルタの神殿群は世界最古の天文台だった
  • 地震や海面上昇や洪水などの天変地異で文明は滅び去った
  • 生き残ったマルタ島人がエジプト人に天変地異を伝え、それがプラトンの耳に入ってアトランティス伝説になった

ということらしいです。

ぼくは以前マルタ島に滞在経験があって、巨石文明遺跡をいろいろ巡りましたし、現地の本も読んで勉強もしていたので、もの申す権利があると勝手に判断しました。

マルタ巨石文明がアトランティス伝説になった、ということは肯定も否定もできませんが、この記事にガセっぽいところがちらほらあるので、それをあげつらってみようと思います。

マルタ人歴史家による見解

この記事によると、8000年頃前から巨石文明があって各地に文明を伝えた、と言ってますが本当のところどうなのか。

ぼくが現地で買ったマルタ人歴史家Carmel Cassar氏の著作「A Concise History Of MALTA」の巨石文明の項目を要約してみます。

  • 7000年前にシチリアより原始的な石器を使う人々が、野生動物を追ってマルタ島とゴゾ島にやってきた
  • 7000〜6000年前は新石器時代で、人口も少なくさしたる文明は起こらなかった
  • 当時の人の洞窟住居がSkorbaに存在する
  • 6000年前から神殿群の建設が始まった
  • きっかけは、文化水準の高いシチリアの影響を受けてのことである
  • 技術を吸収したマルタ人たちは独自に神殿文化を発達させる
  • 5000年前のタルシーン文化の時代、生産性も高く人口も多く、巨石文明は最高潮を迎える
  • 当時の人たちは巨石を正確に切り出す高い技術を保有していた
  • その時すでに隣のシチリアでは青銅器文明が発達し始めていたが、マルタがそれを取り入れた痕跡はなく、これまでと同じ石の文明が続いた
  • 突如として巨石文明は終わりを告げる。原因は不明だが、文明を支えるための資源を取り尽くしたと考えるのが現実的か
  • 平和な巨石文明崩壊後は、シチリアの青銅器文明が定着し、戦いが頻繁に起こるようになった

かつてマルタ島にはマンモスなどの大型ほ乳類が多数住んでいて、石器時代のマルタ島人はほ乳類の肉を盛んに食べていました。これは記事にもある通りです。

巨石文明は経済的にも政治的にも、大型ほ乳類という資源に依存した社会構造になっており、王の権威もそれによって保たれていました。

神殿には動物の生け贄の血を貯める器があったり、儀式に使ったと思われる動物の骨が大量に発掘されています。

そのため、取り尽くしたか、環境の変化で資源が枯渇したことで社会全体が崩壊した、と考える方が現実的ではないか、とぼくは思います。

それに加えて、主にシチリアからの、より優位な青銅器文明を持った人たちによる征服があったと考えられます。事実4500年前あたりから、それまではなかった「共同墓地」や「要塞」の建設が始まっています。

 

この記事のガセっぽいところ

1. 急激な地殻変動・天変地異

海面上昇は1万年前から6000年前に発生しており、マルタ島の巨石文明が発達した頃には海面上昇は落ち着いていたと思われます。

また、マルタ島近辺には活断層は通っておらず、過去の文献にも大地震が起こった記録が見当たりませんし(ぼくが見た限り)、1つの文明を滅ぼすほどの天変地異が起こるとは思えません。

またそれだけの天変地異が起きたのなら、陸上海底問わず証拠は残るでしょうがそんなものありませんし、第一巨石文明の遺跡が6000年たった現在も崩壊せずに残っています。

可能性がありそうなのは、シチリア東部の火山エトナ山。

火山が噴火して動物が大量死、穀物も大打撃を受け文明崩壊、ならあり得ると思いますが、そもそもプラトンの記述の伝説とは全く異なります。

2.マルタ人が古代地中海世界の広い地域へ勢力を伸ばしていた

マルタ人が古代地中海世界で広く交易を行っていた、というのはあり得ますし、近隣の島々から加工に使う硬い石を輸入していたのは事実ですが、

「勢力を伸ばしていた」とまで言い切るのはどうでしょうか。

というのも、巨石文明が盛んだった5000年前は、既にクレタ島の大規模な青銅器文明(ミノア文明)が起こり始めており、時代に逆行する巨石文明が他地域に伸張するとは到底思えません

現に、同時期に発達したキクラデス諸島の石器文明は、クレタ島の青銅器文明に浸食されて衰退しています。

 

3. 天変地異で死んだ7000体の人骨

記事ではこう言っています。

マルタ島北東部の地下神殿には、4000年前に襲った大地震と津波、急激な陸地の水没で大量死したと思われる7000体の人骨が眠っていた

これはおそらく、ハル・サフリエニ・ハイポジウム神殿の遺骨のことを言っているのだと思いますが、何を根拠に水没死と言っているのでしょう

この神殿はもともと豊穣の女神に捧げられた神殿でしたが、青銅器文明を持った人たちによって、共同地下納骨堂に転用されたものです。

7000体の遺骨が見つかったのは事実ですが、普通に亡くなった方を埋葬していってそれが7000体になったと考える方が自然ではないでしょうか。

 

4. マルタの巨石文明は他の地域に伝播していった

記事はこう結論づけてますが、

マルタ巨石文明の遺産は4000年前以降の地中海世界にさまざまな形で息づいていった。そればかりか滅亡から数百年の時を経て、地球上の予想外の地域にも忽然(こつぜん)とよみがえった。

ここはもう空想の世界ではあるのですが、こうまで地中海の巨石文化をマルタの功績として断定してよいものでしょうか。

他の地域よりは古く、しかも大規模で高度な文明だったことは事実ですが、その技術が伝播して他の地域で用いられるようになった、と断言するには根拠がなさすぎます。

しかも記事はマルタ文明崩壊後に巨石文明が伝播した、みたいな書き方がなされてますが、他に進んだ青銅器文明があるのに、わざわざ遅れた石器文明を取り入れようと思う民族はいるでしょうか

 

 

 最後に

歴史学は空想の翼を働かせないと発達しない、と言います。

もしかしたら、マルタの巨石文明崩壊の伝説に尾ひれがついて、物語っぽい伝説に発展した可能性も、ゼロではないと思います。本当のところどうなのかは分かりません。

ただこの記事は、仮定の根拠が仮定だったり、無理矢理プラトンのアトランティス伝説に近づけようと拡大解釈をしすぎているので、トンデモ説と言わざるを得ないと思います。

ただマルタ島の巨石文明は、実際ものすごいです。

このエントリーはちょっと長くなりすぎちゃったので、明日もろもろ写真を公開したいと思います。

[追記]

写真はこちらの記事に掲載しています。



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