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「売国奴」と呼ばれる人たち:マリンチェ

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第8回:マリンチェ(1496 - 1529)

マリンチェは、メキシコ先住民ナワ族の女性。

アメリカにやってきたスペイン人征服者の通訳となり、アステカ帝国の滅亡に手を貸した人物。

 スペインへの献上品

マリンチェはアステカ帝国ユカタン半島に居住する、ナワ族の生まれ。

彼女が18〜23歳くらいの時に、アステカの軍隊はスペイン人征服者との戦いに破れますが、その賠償代わりにマリンチェはスペインに「献上」されました

アステカの習慣では女性というのはその程度の存在だったのでしょう。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5a/Cortes.jpg/220px-Cortes.jpg

△ アステカを滅ぼしたコンキスタドール コルテス

スペイン語を習得、通訳として活躍

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マリンチェは同じく献上された他の女性奴隷たちとスペイン人に仕えていましたが、元々頭が切れる人だったようで、スペイン語を完全にマスターしてしまいます。

そのことでスペイン人から重宝がられ、コルテス付きの通訳として原住民との交渉ごとに従事するようになります。

ある時、チョルーラという都市国家がアステカと組んでスペイン人部隊を襲おうとしているという情報をいち早くコルテスに伝えました。

情報を聞きつけた部隊はいち早く退避。マリンチェのおかげで命拾いしています。

アステカ帝国崩壊

1621年、コルテスは同盟先住民部族を含む2万の大軍勢で、アステカの首都テノチティトランを包囲。若き王クアウテモクは3ヶ月にも渡って抵抗しますが、首都は陥落。逃げようとしたところを捕えられてしまいます。

 その後クアウテモクは拷問にかけられ、金の在り処を全て吐かされた挙げ句、殺されています。

コルテスの子を産む

アステカ崩壊後の1年後には、なんとコルテスの子を産んでいます

単なる主人と通訳という立場を超えた感情があったようです。

ただ、結婚したわけではなく、後に別のスペイン人と結婚しています。

マリンチェはアステカ崩壊後はしばらくコルテスが用意してくれた家に住んでいましたが、

1524年、ホンジュラスの反乱に従軍するために中央アメリカに赴きます

現地ではやはり通訳を担ったそうですが、そこから記録が途絶えています。

研究者によれば5年以内には死んだのではないか、ということです。

 

なぜ売国奴と呼ばれるのか

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/06/Bust_of_Cuauht%C3%A9moc_%28Z%C3%B3calo%2C_Mexico_City%29.jpg/220px-Bust_of_Cuauht%C3%A9moc_%28Z%C3%B3calo%2C_Mexico_City%29.jpg

近年、メキシコではマリンチェをフェミニズムの観点から評価する動きがあるようですが、 一昔前までは最後の王・クアウテモク(上写真)と対比する形で、裏切り者の烙印を押されていたようです。

 

正直ぼくはマリンチェを売国奴と呼べるのか分かりません。

今で言うストックホルム症候群に近いかもしれません。

そもそも昔は今のような国民意識はなかったでしょうし、コルテスに従ってアステカに矢を向けた先住民も大勢いましたし。

少なくともマリンチェ自身は、罪の意識を感じたかどうかは分かりませんが、コルテスの軍隊の中に自分の生きる場所を見いだしていたのではないかなーと思います。

バックナンバー

第1回:秦檜(中国)

第2回:呉三桂(中国)

第3回:フィリップ・ペタン(フランス)

第4回:李完用(朝鮮半島)

第5回:汪兆銘(中国)

第6回:朴泳孝(朝鮮半島)

第7回:ヴィドクン・クヴィスリング(ノルウェー)

第8回:マリンチェ(メキシコ)

第9回:洪大純・洪福源・洪茶丘(朝鮮半島)

第10回:ダーマット・マクマロー(アイルランド)

第11回:東京ローズ(アメリカ)

第12回:ミール・ジャアファル(インド)

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第15回:オルドリッチ・エイムズ(アメリカ)

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