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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

【こぼれ話】小田原城外牛鍋パーティー

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/f/fd/Gyu-nabe.jpg/800px-Gyu-nabe.jpg

キリシタン大名・高山右近が食べた牛鍋

みなさんご存知の通り、日本では仏教の影響から獣肉を食べることは忌み嫌われてきました。

本格的に牛肉が食べられるようになったのは、文明開化後の明治時代からですが、庶民の口に入るようになったのは、ここ数十年のことと言っていいでしょう。

それは戦国時代も然りで、当時のキリスト教宣教師の書簡にも「日本人は牛・豚・羊の肉を食べないし、家畜もいない」と記載されています。

ただ、当時の宣教師に影響を受けたキリシタン大名の一部は牛を食べていたようで、キリシタン大名として有名な高山右近もその1人です。

追放の身で小田原包囲戦に参加した高山右近

小田原包囲戦には全国各地から多くの大名が参加しましたが、キリシタン大名の高山右近も参加していました。

当時、秀吉によってバテレン追放令が施行され反キリスト教の嵐が国内を吹き荒れますが、右近は身分や財産を没収されてでもキリスト教信仰を守る道を選びます

ほぼ追放同然の身になりますが、右近は加賀の前田利家に招かれそこで暮らしていました。

小田原包囲戦では右近は、前田隊の一員として参加しています。

小田原城外牛鍋パーティー

小田原城包囲戦は約半年間の間続き、最終的に北条氏は降伏したのですが、その間豊臣方の陣では、大規模な茶会が開かれたり、温泉旅行ツアーが組まれたり、連日まるで響宴のようだったと言います。

北条方の士気を下げると共に、上方の銭を大量に関東にバラまくことで経済面から関東の商人や領民を囲い込む狙いもあったのでしょう。

右近は陣内に大量の牛肉を持ち込んでいました。

そんな右近の陣を蒲生氏郷細川忠興が訪れたことがあったそうです。

 

「やあ、蒲生殿、細川殿、ようお越しくださった」

「小田原城の包囲もこう長くなると退屈するものですなあ」

「あい分かり申した。では本日は拙者がお二人を楽しませて差し上げましょう」

3人のもとに牛肉が運ばれてくる。

「これは、牛肉でござるな」

「さよう」

「これを食うのか?」

「仰せの通りでございます。まことに美味でございますぞ」

 

出てきたのは今日のすきやきに近い牛鍋。

蒲生氏郷と細川忠興は大喜びで牛鍋を食したそうです。

「細川家御家譜」によれば、2人はたびたび右近の陣を訪れては牛鍋を馳走してもらっていたそうです。

 

出典  毎日新聞社「信長の朝ごはん 龍馬のお弁当」

 

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