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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

【こぼれ話】戦国大名とワイン

日本

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/dd/Cabernet_Sauvignon_Gaillac.jpg

日本人とワイン

ヨーロッパやカリフォルニア、チリ、オーストラリアなど様々な産地のものが身近に、そして安価に手に入れられるようになって、ワインもかなり日本人の身近なものとなりました。

日本国内でも様々な種類のワインの生産が行われていて、中には本場ヨーロッパで賞を穫るものも出てきているようです。

日本でのワインの生産の歴史は以外と古く、江戸時代元禄時代にまでさかのぼります。ただこれは現代のワインの形ではなく、「ぶどうの焼酎漬け」のようなものだったと考えられています。

そのため本格的なワインの生産が始まったのは明治時代以降と言われています。

ただ、日本人がワインを好んだのは新しいことではなく、歴史上の人物たちもワインを大いに好んだそうです。

 江戸時代以前のワイン事情

前述の通り、江戸時代以前にはワインは国内で作られていませんので、国内にあったワインは全てが輸入物です。

ただ日本でも鎌倉時代から薬用としてブドウは栽培されていました。山梨県甲州市の大善寺には、手にぶどうを持った薬師如来像があるほどです。

http://katsunuma.ne.jp/~daizenji/img/itm/yakushi_d.jpg

出典 ぶどう寺 大善寺

その品質は上々だったらしく、当時の宣教師の書簡には

日本でも質のいいブドウが栽培されているので、ワイン作りが始まってもいいものと思うがその兆候はない

とあるほどです。

さて、ヨーロッパから来た宣教師は、日本人がワインを好むことを知ると本国がせっせと取り寄せては献上品として用いました。

貴重品だったワイン

藤堂高虎が1608年12月20日に家臣にあてた書状にこうあります。

南蛮の酒を注意して仕舞っておくよう、又兵衛と太郎兵衛に申しつける

当時はワインは大変貴重品だったので、個人で楽しむというよりは主に接待用に用いられていたようです。

豊臣秀吉は、九州征伐が終わり帰る途中に、福岡・箱崎に停泊中のポルトガル船内でワインの接待を受けています。

秀吉の右腕だった石田三成もワインを接待用に使っていたそうです。

茶人の神谷宗湛の日記(1598年2月9日)にこうあります。

9日の晩、石田三成殿が主催し、宇喜多秀家殿、伊達政宗殿、小西行長殿、そして私神谷宗湛が出席し、茶会が開かれた。茶を一通り楽しんだ後、さまざまな話を楽しみ、さまざまな道具をめでた。道具ではないが、その中にぶどう酒もあった。石田殿によれば長崎より伝来のものとのことであった。

当時の一流の茶人でさえ目を見張るほどのものであるから、相当稀少で高価なものだったのでしょう。

 

そういえば、黒澤明監督の映画「影武者」で、設楽ヶ原の陣中見舞いに訪れた家康に信長がワインを振る舞うシーンがあります。

「血のような色をしておるが、これは南蛮の酒じゃ」

と言って信長が盃を差し出し、飲んだ家康がむせて信長が高笑いする、というカットだったと記憶しています。

南蛮趣味の信長のことですから、おそらくワインを飲んだと思われますが、記録には残っていないためこれもあくまで想像でしかありません。

 

 

出典  毎日新聞社「信長の朝ごはん 龍馬のお弁当」

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