歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

【こぼれ話】モチを無銭飲食した藤堂高虎

f:id:titioya:20140926164239j:plain

歴史上の人物のこぼれ話

歴史のおもしろさの一つに、著名な人物のこぼれ話があります。

偉大な業績を成し遂げた人物の人間らしいエピソードを見ると、急にその人物が身近に感じられて気持ちがほっこりするものです。

これまで結構グロい内容とか重い内容が多かったように思うので、今後こういう「歴史上の人物の小ネタ」を挟んでいこうと思います。

箸休めのお新香のような感じでご覧くださいませ。

藤堂高虎、齢17にして路頭に迷う

「七度主君を変えねば武士とは言えぬ」という言葉を残した通り、藤堂高虎は主君を何度も変えた人物として有名です。

浅井長政→阿閉貞征→磯野員昌→織田信澄→豊臣秀長→豊臣秀保→豊臣秀吉→豊臣秀頼→徳川家康→徳川秀忠→徳川家光

自らの意思で主君を変えた回数は6回。

ただそれには大変な苦労が伴ったようで、20歳で豊臣秀長に仕えるまでは迷いに迷っていたようです。

藤堂高虎、齢17で浅井家を出奔した時のエピソードを紹介します。

腹ぺこ状態で平らげた餅20個

元亀3年(1573年)浅井家を出奔した高虎は、新たな主君を探し求めて東へ東へと逃亡していました。

逃亡するうちに銭は底をつき、食うものすら買えなくなってしまいます。

フラフラになりながら三河国吉田宿(現:愛知県豊橋市)に着いた高虎は、匂いに誘われ、銭もないのに餅屋に入り、20個も平らげてしまいます

ところが餅屋の主人である与左衛門は、高虎の事情を察しこう諭します。

「東など向かわずに、故郷の近江に帰って親孝行をなさい」

そして餅代を請求しないばかりか、高虎の手に銭を握らせてくれたのです。

高虎は泣いて礼を言い、西に向かったのでした。

餅屋の主人への恩返し

それから30余年後、高虎は一国の大守にまで出世。

大名行列を仕立てて吉田宿を通りかかったので、例の餅屋に立ち寄りました。

 

「やあ、オヤジ殿、懐かしいのう、元気だったか」

「あの、どちらの殿様でしょうか」

「忘れたか、餅をただ食いし銭まで恵んでもらった若者がいただろう」

「はあ、そんなこともありましたが」

「あの時、オヤジ殿は東へ行かずに西へ行けと申された。そのおかげでよい主人に恵まれ、武運が開け一国一城の主にもなれた。伊勢の津の城主、藤堂和泉守高虎じゃ」

 

すべてを察した餅屋の与左衛門は、ヘタヘタと座り込み、感動のあまり大粒の涙を流しました。

高虎はここで与左衛門に金をたくさん授け、お供の者たちに餅を大盤振る舞いをしたとのことです。

 

 

出典:楠戸義昭『戦国武将名言録』

PR