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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

イスラム国が狙うオスマントルコの遺領

トルコ

http://icube.milliyet.com.tr/YeniAnaResim/2011/04/08/--1261367.Jpeg

シリアにあるトルコの領土

オスマントルコの後継者を自任するトルコ共和国には、その国家の形成の過程で生まれた「国外領土」つまり「飛び地」が存在します。

それはなんと、現在紛争が続く「シリア」にあります。

スレイマン・シャー廟(シリア)

シリア・アレッポ近郊にあるトルコの飛び地

スレイマン・シャー霊廟はシリア・アレッポ近郊にある、公式なトルコの飛び地。

http://world-historia.com/img/history/qal%27atJa%27bar.png

ダムのほとりにある、コンクリートで補強護岸がなされた小さな施設で、大きなトルコ国旗がはためき、トルコ軍の小隊によって警備されています。

http://icube.milliyet.com.tr/YeniAnaResim/2011/04/08/--1261367.Jpeg

オスマン1世の祖父 スレイマン・シャー

スレイマン・シャーは、オスマン帝国の開祖であるオスマン1世の祖父にあたります。

1227年、新たな土地を目指して部族を引き連れユーフラテス沿岸に到着しましたが、川を渡ろうとしたところ誤って溺死。川岸の地に埋葬されました。

第9代皇帝セリム1世がアレッポ近辺をオスマン領とした後、スレイマン・シャーの霊廟をジャベル・カレシィという城の中に建立しました。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/30/CaberKalesi.jpg/300px-CaberKalesi.jpg

フランス領シリアを経て正式なトルコの領土へ

第一次世界大戦でオスマントルコは協商軍に破れ、シリア・パレスチナ地域全体がイギリス、その後フランスに割譲されました。

1921年、トルコ・シリア間の国境を定めたアンカラ協定によって、霊廟は国際法上トルコ領と認定、その後も踏襲され現在に至ります。

「イスラム国」が割譲を要求

http://i.milliyet.com.tr/SonDakikaHaberGaleriler/2011/04/08/--1261363.Jpeg

2014年9月現在、イラク北部やシリア東部で勢力を拡大する「イスラム国」は、8月の半ばに領事館員の命と引き換えに、スレイマン・シャー霊廟の割譲をトルコ政府に要求しました。

「カリフ」の即位を宣言したイスラム国としては、史上最後のカリフがいたオスマン帝国の聖域を抑えておきたいのでしょう。

トルコ政府は断固拒否する姿勢を見せていますが、イスラム国は拡大を続けており、この先いったいどうなるか予断を許さない状態です。

 

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