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「売国奴」と呼ばれる人たち:秦檜

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「売国奴」と広辞苑で引くと、このように書かれていました。

売国の行いのあるものをののしっていう語

次に「売国」と引くと

自国の内情・秘密を敵国に通じ、または自国に不利で敵国の利益となることを企てて私利をはかること

と書かれていました。

日本では特に、右翼や国粋主義者がリベラル派や国際協調派を糾弾する時に使われることが多いですね。

 同じような意味で、中国では「漢奸」、韓国では「親日派」がよく使われてます。

文化大革命時代の中国では「走資派」「走狗」が使われたようです。

 

この言葉が含む語感は強烈で、例えばある政治家が「売国奴」として糾弾されていたら、特に国粋主義でない人でも「え、そうだったの?」と身構えてしまうほど、殺傷性が高いののしり言葉です。

 

このエントリーでは、歴史上「売国奴」と認定されてしまった人物を取り上げ、

どういうどういう人物で、なぜ売国奴と呼ばれているのかを掘り下げていきます。

第1回:秦檜(中国)

第2回:呉三桂(中国)

第3回:フィリップ・ペタン(フランス)

第4回:李完用(朝鮮半島)

第5回:汪兆銘(中国)

第6回:朴泳孝(朝鮮半島)

第7回:ヴィドクン・クヴィスリング(ノルウェー)

第8回:マリンチェ(メキシコ)

第9回:洪大純・洪福源・洪茶丘(朝鮮半島)

第10回:ダーマット・マクマロー(アイルランド)

第11回:東京ローズ(アメリカ)

第12回:ミール・ジャアファル(インド)

第13回:ベネディクト・アーノルド(アメリカ)

第14回:ジャン=バティスト・ベルナドット(フランス)

秦檜

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Photo by helennawindylee

中国史上最悪の売国奴

9〜10世紀の南宋の宰相。

北宋は靖康の変で金に河北を奪われ、命からがら逃げ出した弟帝と朝臣は華南で南宋を樹立するが、秦檜含む多くの朝臣は金にとらわれてしまうが、南宋の主戦派を押さえ込んで和睦をすることを条件に南宋への帰還を許される

南宋に戻った秦檜は宰相となり、約束どおり対金宥和政策をとる。

金との戦いで功績を上げ民の人気も高かった岳飛を謀殺し、主戦派を押さえ込み、国土の割譲と毎年莫大な量の金銀を貢ぐ和議を結ぶ紹興の和議)。

その後も徹底した和議反対派の弾圧と言論統制を続け、19年もの間権力を握り続けた。

そのことから、中国史上最悪の売国奴と言われ、昔は杭州にある彼と妻の銅像に唾をはきかける習慣があったほど。

なぜ売国奴と呼ばれるのか

まとめると以下の点となるだろう。

  • 自分の命が助かりたいがために、漢民族を売って異民族と結んだ!
  • 誇り高い漢民族にとって屈辱的な和議を結んで恥じることがなかった!
  • 屈辱をみそぐ希望の星である岳飛を汚い手を使って殺した!
  • 弾圧と言論統制という手を使ってまで汚れたキャリアを守りつづけた!

ただ当時の状況を鑑みると、秦檜の政策は間違ってはいなかったし、事実以降100年以上続く南宋の基礎を作った、という意見もある。

結果的にそうだったとしても、「己のために民族を売った」という汚名は二度と消えないのだろう。

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