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黒猫はなぜ不吉とされるのか

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黒猫は悪魔の化身?幸運のシンボル?

「黒猫が目の前を横切ると不吉」という迷信は一度は聞いたことがあると思います。

キリスト教圏の国々では、黒猫は長い間魔女伝説の迷信とセットになって考えられたため、不幸と厄災をもたらすとされました。

一方で、イギリスの一部では幸運をもたらすシンボルと考えられてきたし、日本でも「夜でも目が見える」ことから商売繁盛や幸運のシンボルとなっていました。

歴史上、人々が黒猫をどのように認識してきたのかのあれこれを見ていきましょう。

 

 

1. 古代神話に登場する黒猫

古代ヨーロッパでは、黒猫は不吉な存在とは考えられていなかったようです。むしろ神秘的で、崇拝の対象ですらありました。

黒猫は普通の猫とは違っていると考えられていたようで、ケルト神話や北欧神話にも黒猫はたびたび登場し、人間並みの知恵を持っていたり、女神様に仕えていたりします。

代表的なのが、ケルト神話に登場する猫の妖精ケット・シー(Cat sìth)。

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ケット・シーは黒猫で胸に大きな白ぶちがあるとされ、人間並の知恵を持ち、人間の言葉を時には数か国後喋れるとされました。

ケット・シーが登場するお話で代表的なものがイギリスの「猫の王様」という昔話。

 

ある男が1人で旅をしていた時、9匹の黒い猫が棺を運んでいるのを見た。棺の中には王冠をかぶった胸に白い斑点がある大きな猫が入っていた。9匹の猫は号泣しながら「老いぼれティム(Old Tim)が亡くなってしまった」と人間の言葉を喋った。

なんとも不思議なものを見たものだ、と思った男は、帰宅して妻にその顛末を話した。すると、暖炉のそばで寝ていた黒い愛猫がガバッと起きて

「何だって?老いぼれティムが死んだ!?だったら次はぼくが王だ!」

と叫ぶなり家を飛び出していき、二度と戻ってくることはなかったそうな。

 

ところ変わって、北欧神話では、猫は女神フレイヤの車を引く神聖な動物とされます。

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女神フレイヤは大変な美貌の持ち主で、愛を司る女神であると同時に、豊穣の神でもあり、また死を司る神でもありました。

「古エッダ」では、フレイヤが戦死した勇敢な若者を選び、主神オーディンと分け合うという記述があります。なぜ主神とフレイヤが対等に死の選別を行っているのか、学者でも議論が分かれていますが、ある時期にはフレイヤがオーディンの妻フリッグと同一視されていたからという説があります。

 

ケルト世界や北欧世界にキリスト教がやってきた際、旧来の宗教は否定され、像は破壊され、神々は悪魔の化身ということにされました。

詳細は分かりませんが、キリスト教が広まっていく過程で、旧宗教の物語で活躍していた黒猫は「悪魔の遣い」ということにされてしまい、それが後の時代に一般化する「魔女と黒猫」というイメージの土台となっていったのではないかと思います。

 

 

2. グレゴリウス9世の黒猫非難勅令

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キリスト教が一般に広まった後、「黒猫排除」の文脈はヨーロッパ各地に急速に広まっていきます。史上最初の公式な「ネコ排除」の勅令を発令したのは非常に有能な法学者でもあった教皇グレゴリウス9世。

1232年、グレゴリウス9世は「ラマの声(Vox in Rama)」という名前の教皇勅令を発表しました。

この時代、ローマ教皇はキリスト教圏各地の国王に対し教皇の権力に対する絶対的な服従を求めていた時代で、特にまだ辺境は完全にキリスト教が普及しきっておらず、旧来の宗教が根強く生き残っていました。そのため、

「旧来の宗教を信ずるのは悪魔を信ずることである故、正しい教えに従い、正しい教えを司る教皇に従いなさい」

と各地の王に命令する目的で書かれました。

さて、その勅令の中で黒猫は「サタンの忠実な下僕であり、また魔王ルシファーの体の半分も黒猫であり、悪魔崇拝の儀式で黒猫と化すのである」のように記述されています。

この頃はスコットランドやアイルランドなどケルト人の間でまだ黒猫を神秘的な存在とみなす風習が残っており、彼らをキリスト教徒に取り込むことを意図して描かれたと思われます。

 またこの頃から、猫を焚き火の中で燃やして殺す風習が広がり始めました。

猫を燃やす日はいくつかあり、四旬節(復活祭の46日前の水曜日から前日までのこと)の前の最後の火曜日、四旬節の最初の日曜日、復活祭の日曜日、聖ヨハネの祭日(6月24日)が含まれており、特に聖なる日やその前後に悪魔を町から排除するために集中的に殺されたようです。

   

 

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3. 魔女伝説と黒猫

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社会制度や経済発展に伴う宗教・階級の流動性に伴い、庶民が漠然とした不安を感じはじめた15世紀ごろから魔女狩りが本格化。16世紀をピークに、魔女と疑わる人物や集団が大量に虐殺されるようになります。

この頃になると、黒猫は魔女と関連付けられ、市民によって自発的に排除されるようになります。それを裏付けるのが、1560年代にイングランドのリンカーンシャー地方で発生した民間伝承。

 

とある月のない晩、父と息子が夜の町中を歩いていると、黒い猫が現れて目の前を横切っていった。2人は「この黒猫め」と石を拾って投げつけた。石はいくつもあたって黒猫は流血し、命からがらある女の家の床下の隙間に入り込んでいった。

翌日、父と息子は昨晩黒猫が逃げ込んだ家の女が負傷していることに気づき、「あの家の女は魔女で、あの黒猫は女が化けていたのだ!と街中に噂が広がったのだ。

 

このように、黒猫は魔女が夜半に化けて出た姿というお話は広がり、また悪魔崇拝の儀式に必要なパートナーであるとみなされるようになりました。
魔女裁判では「猫を飼っている」というのはその人が魔女本人かあるいは悪魔崇拝者であることの重要な証拠とされ、判決では魔女・悪魔崇拝者と猫は共に焼き殺されました。

 

魔女狩りが盛んになっていくと、猫を殺すことが習慣化していきます。現代でもその習慣の一部が残っている地域があります。

代表的なのが、ベルギー・イーペルの「猫祭り」。

イーペルでは1817年まで1年に1度「猫の水曜日」に、生きた猫を塔の上から投げ落とす習慣がありました。現在では「猫祭り」は3年に1度開催される観光客向けのお祭りとなっており、生きた猫ではなく猫の人形が落とされるようになっています。

 

一方、ヨーロッパの人が黒猫を全員が憎んでいたわけではないようで、例えばイングランドのチャールズ1世(1600-1649)は黒猫を飼っていて大変愛していたそうです。

チャールズ1世は黒猫を「幸運のシンボル」であると考えており、ピューリタン革命によって追い落とされ斬首される時、「私は自分の幸運を残して逝くよ」と述べたと言われています。

 

現代の我々が知っているように「黒猫は不吉」という風習は未だに根強く、特にイタリアではその傾向が強く、年間6万匹の黒猫が殺害されているそうです。

rocketnews24.com

 

 

4. アナキズムのシンボル「威嚇する黒猫」

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時代が下って19世紀、黒猫は「アナキズム」のシンボルとなりました。

アナキズムの色は一般的に「黒」です。これは、白(降伏)の正反対の色であり、海賊が使う黒旗のメッセージ「さあ、降伏しろ」を再利用したものでした。フランス革命の時期にアナキズムのシンボル「黒旗」は人気となりました。

海賊の黒旗についての詳細についてはこちらの記事を御覧ください

reki.hatenablog.com

黒旗から発展し、19世紀に作られた旗が「威嚇する黒猫」のデザイン。

これは世界産業労働組合の運動家ラルフ・チャップリンによってデザインされたもので、背を曲げ、爪と牙をむき出しにした攻撃的な黒猫は、結束してストライキやサボタージュを行う姿勢を表しています。

このデザインにはある伝説があります。

 

世界産業労働組合のストが無残に敗れ去り、キャンプで参加者たちが負傷した体を休めていた際に、一匹の痩せた黒猫が迷い込んできた。黒猫は餌を与えられ、やがて元気を取り戻していきますが、黒猫が元気を取り戻すと同時にストも活気づき成功するようになった。アナキストたちはこの黒猫こそ自分たちの幸運のシンボルだと思い旗に描いた、のだそうです。

 

「威嚇する黒猫」の旗は特に、アナルコ・サンディカリスム(労働組合を重視する無政府主義。労働組合至上主義)の団体によって現代でも使われています。

労働者にとっては、黒猫は自分たちの要望を叶えるための「幸運のシンボル」ですが、経営者にとってはサボタージュという「不幸をもたらすシンボル」であるに違いありません。

 

 

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まとめ

黒猫は暗闇に体が溶け込み、目だけがギラリと光る。

その姿に不気味さや不吉さを感じる人もいたし、逆にその姿に神秘性や幸運を感じる人もいました。

古代のケルトや北欧世界で神聖な動物とされた黒猫は、キリスト教が普及し旧宗教が否定される過程で「邪悪な生き物」と断罪され、後に起こる魔女狩りでは、魔女や悪魔崇拝と同一視され、大量に殺害されるようになってしまいました。その文脈は残っており「黒猫が横切ると不吉」という迷信を信じる人は現在でも多くいます。

いかに不気味だろうと黒猫に罪はないのですし、この迷信は我々の世代で終わらせたいものです。

 

 参考文献

"Classical Cats: The Rise and Fall of the Sacred Cat" Donald W. Engels

 

参考サイト

"The Unfair and Ridiculous Reasons Black Cats Are Considered Unlucky" People Pet

"WHY BLACK CATS ARE CONSIDERED BAD LUCK" TODAY I FOUND OUT

Vox in Rama - Wikipedia

 

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