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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

史上最も短命な国家ベスト10(前編)

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ちょっと目を離したらもう無くなっていた国

日本という国は有史以来、国体の継続性を保っているということに一応なっていますが、現在の日本国政府の発足は1952年のサンフランシスコ平和条約からなので、日本国は65年間続いていることになります(2017年現在)。

たったそれだけか、と思う人もいるでしょうけど65年間も続いてるのは立派な方で、歴史上には1年どころか1ヶ月ももたなかった国がいくつもあります。

 

 10位:バイエルン・レーテ共和国(1919年4月6日〜5月3日 27日間)

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 世界で3番目に建国された共産主義国家

第一次世界大戦中の1918年10月29日、ドイツ艦隊の水兵1,000人の出撃命令拒否から、ドイツ全土で労働者の暴動が発生。ドイツ革命が勃発し、後に皇帝(カイザー)が退位しドイツ帝国が崩壊しヴァイマル共和国が成立するのですが、ミュンヘンを中心とするバイエルン王国では独自の革命が進行していました。

11月8日、独立社会民主党の党首クルト・アイスナーが「バイエルン共和国」の成立を宣言。アイスナーは純粋な穏健的な左派で、政策的には大多数の保守的な人びとに支持されるような人物ではありませんでしたが、彼は巧みにバイエルンに根強い「反ベルリン」感情を利用し支持を得ました。

1919年2月21日にアイスナーが右翼青年に暗殺されると、人びとの同情を得た独立社民党が立場を強めました。

そんな中4月6日、独立社民党のエルンスト・トラーによって革命が発生。ミュンヘンからバイエルン政府は駆逐され、ソヴィエト政権であるバイエルン・レーテ共和国が成立しました。バイエルン共和国政府は北部バンベルグに逃れた後、反転攻勢で一時はレーテ共和国を倒すも、4月13日に再びレーテ共和国がバイエルンの全権を掌握。これにはソ連で革命を経験していた革命家が賛同しており、レーニンもハンガリーに次ぐ2番目の共産主義輸出に力を入れていたそうです。

ところがこれを聞きつけたベルリン政府は国軍と義勇軍合計6万を率いてバイエルンに侵攻。3日であえなく全土は制圧され、5月3日にレーテ政府は崩壊しました。

 

 

9位:カリフォルニア共和国(1846年6月14日〜7月9日 25日間)

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 どさくさでアメリカ移民が乗っ取ってしまった国

1821年、スペインから独立したメキシコは北西アメリカの大半から中米までを支配する大国で、現在のカリフォルニアも「アルタ・カリフォルニア州」と呼ばれるメキシコの一部でした。

当時の新生メキシコ国家は移民を歓迎しており、無償で土地が与えられたのでアメリカから続々と移民が押し寄せました。ところがあまりにも移民が来すぎたのでメキシコ政府はアメリカからの移民を締め出し始めました。

ところがあまりにも移民希望者が多かったのでメキシコ政府は暫定的に、3ヶ月の間に居住認可を得られない者は出ていくという条件で入国を許可しました。当然ながら、あまりにも居住認可を得られない者が続出。メキシコ政府は彼らに帰国を命令しますが、これに反発するアメリカ移民は米墨戦争(1846-1848)の勃発に乗じて「カリフォルニア共和国」の独立を宣言。首都ソノマにはグリズリーベアの共和国旗が掲げられ、武装勢力の代表団による共和政府が樹立しました。

しかし1846年7月5日、アメリカ軍のジョン・C.・フレーモント大尉麾下のカリフォルニア大隊が共和国の首都ソノマを包囲。100〜200しかいなかった共和国軍はなすすべなく降伏し、7月9日にカリフォルニア共和国は崩壊しました。

 

 

8位:クウェート共和国(1990年8月4日〜8月28日 24日間)

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湾岸戦争で崩壊したサダム・フセインの傀儡政権

クウェートはもともとイラクと同様にイギリスの植民地支配下にありましたが、1932年にイラクが独立して以降も莫大な石油利権に固執したイギリスと、結託関係にある王家サバーハ家によってイギリス支配は続き、1961年にようやく独立を達成するも欧米や石油企業との太い繋がりは継続されていました。

イラクでは伝統的にクウェートはイラクの領土であるという文脈が強く、クウェート併合論がイラク・ナショナリズムと結びついていました。

そんな中で1990年8月2日、イラクのサダム・フセインは「クウェートの反体制革命勢力を支援する」という名目でクウェートに侵攻。同日中に中枢を制圧して2日後の8月4日にクウェート共和国の成立と、サバーハ王家の追放を宣言しました。

建前上は「サバーハ王家の非道に憤ったクウェート人による革命」でしたが、誰がどう見てもイラクによる強制併合で、首相にはアラー・フセイン・アリーという男が就きますが、彼はイラク国籍を持つクウェート人で、発表された閣僚もイラク人ばかりでした。

8月28日、クウェート共和国政府はクウェートの「イラクへの併合」を全会一致で承認。共和国は解散し、クウェートはイラクの19番目の県「クウェート県」となりました。

その後、湾岸政争によりイラクはアメリカを中心とする国際連合軍に敗北し、再びクウェートもイラクから切り離されて1991年2月26日にクウェート国が復活しました。

 

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7位:コノハト共和国(1798年8月31日〜9月11日 12日間)

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 フランス革命に影響を受けたアイランドの地方共和国

 コノハトはアイルランド北西の州で、中世までは独立した王国を築いていました。

1500年代後半のテューダー朝のアイルランド征服によって、イギリスの支配下に組み込まれてしまいます。

 

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Work by NikNaks 

1798年、フランス革命の共和主義に触発され、東部レンスター地方で反乱が勃発。

アイルランドの独立を目指す反乱ととる向きもありますが、実際のところは旧社会の不満や牧歌的な理想社会の実現を目指す烏合の反乱で、農民軍はよく組織化され反乱当初はエニスコーズイやウェックスフォードなど主要な街を占領しますが、後に反乱軍同士で宗派の違いによる内ゲバが発生し、各個イギリス軍により撃破され鎮圧されていきました。

東部での反乱が鎮圧に向かっていた8月、ユンベール将軍に率いられた1000名のフランス兵がメイヨー州キララに上陸。8月27日にカステルバーの戦いでイギリス軍を打ち破りました。

 ユンベール将軍はアイルランド人のジョン・ムーアという男を大統領に任命して、8月31日にコノハト共和国の設立を宣言しました。

この時に宣言された文書には「アイルランド共和国」の名前がみられ、ジョン・ムーアも「コノハト州政府の代表」という言い方がなされており、将来的なアイルランドの完全な解放と共和国の設立を目標に据えていました。

しかし2週間もたたずにフランス軍と共和国軍はバリナムックの戦いで、わずか30分の戦いでイギリス軍に粉砕されてしまう。ムーア大統領も拘束され、コノハト共和国は崩壊したのでした。

 

 

6位:東ティモール民主共和国(1975年11月28日〜12月7日 9日間)

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 インドネシア軍の介入で崩壊したティモール人国家

1859年にティモール島は東西に分割され、西をオランダ、東をポルトガルが支配することになりました。

第二次世界大戦後、インドネシアでは独立戦争が起こり1948年8月にインドネシア連邦共和国が独立。その後オランダ側に残った地域も次々と共和国への統合を果たし、1950年8月17日には連邦制を解体しインドネシア共和国が成立しました。

東ティモールはしばらくポルトガル領として残りますが、ポルトガルの独裁者サラザールが死亡すると1974年に国軍によるクーデターが起こりファシズム体制が崩壊。

雪解けの雰囲気の中で東ティモールも独立の動きが加速し、東ティモール独立革命戦線(フレティリン)が即時の独立を主張しますが、インドネシアのスハルト政権は「東ティモールのインドネシア帰属」を強く主張し、親インドネシア派政党アポデディを支援し統合を目指す構えを見せました。

フレティリンは1975年11月28日に「東ティモール民主共和国」の独立を宣言しました。しかし翌日インドネシア軍はただちに東ティモールへの軍事侵攻を開始。12月7日には全土の掌握を宣言しました。

国連安全保障理事会はこの侵攻を非難する決議が採択されましたが、アメリカやイギリスを始めとした西側諸国はインドネシアとの関係維持を優先して併合を黙認。

その後、東ティモールでは反インドネシアのゲリラ戦が展開され、インドネシア国軍による容赦ない鎮圧戦が繰り広げられて世界の非難を集めることになりました。

1999年にスハルト政権が崩壊すると、インドネシアは東ティモールの統治を国連の暫定統治に委ね、2002年に正式に独立を果たしました。

 

関連記事

reki.hatenablog.com

 

  

 

まとめ

ちょっと長くなりそうなので、続きは後編にします。

27日間でも相当短いですが、さらにもっと短い国々を紹介していきます。

 

5位〜1位はこちらから

reki.hatenablog.com

 

参考文献

 東ティモールを知るための50章 山田満 明石書店

東ティモールを知るための50章 エリア・スタディーズ

東ティモールを知るための50章 エリア・スタディーズ

 

 

図説 アイルランドの歴史 リチャード・キレーン 彩流社

図説 アイルランドの歴史

図説 アイルランドの歴史

 

 

 

 参考サイト

California Republic - Wikipedia

Republic of Kuwait - Wikipedia

 

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