血、腕、生首そしてアソコ
偉大な宗教家で人々から尊敬された人が亡くなった時、その亡骸や愛用品を人々はこぞって求めました。聖遺物というやつです。
その人の功績や徳を忘れまいとする愛情表現や敬愛・尊敬の気持ちもあったでしょうが、人々が求めたのは聖遺物の「効能」でありました。
聖人の逸話にも依りますが、聖遺物がある街は厄災が降りかからないとか、触れると不治の病が治るとか言われました。
昔からヨーロッパの人々は超自然的な効能を求めて聖遺物を拝みに行ったし、街や教会は「箔をつけるために」なんとかして聖遺物を手に入れようとしました。
ヨーロッパの教会に行けば、結構いろんな街で聖遺物を見ることができます。中には出自怪しげな物も多いのですが。
今回はそんな聖遺物の中でもとびきりの珍品を集めてみました。
1. エデッサのマンディリオン
キリストの顔が念写されたタオル
マンディリオンとは日本語で「自印聖像」と言われ、筆など使わずに聖人がモノに自分の顔を念写したものです。
「エデッサのマンディリオン」は初期の聖遺物とされ特に重要で、後のキリストのイコンの大元になったとされています。なので、後にたくさん描かれるキリストの顔の系譜を辿ればこれに行き着くし、本人が自分の顔を念写したものなので、いちおう正しい顔が代々描かれてきたということになっています。
さて、このマンディリオンには逸話があります。
イエスが生きた時代、イエスの威光の噂を聞いたエデッサ王アグバルは、配下の絵師達にイエスの絵を描きに行かせた。するとイエスは絵師たちにタオルを自ら与えた。すると奇跡が起き、タオルにイエスの顔が浮かび上がってきた。このタオルを持って絵師達はアグバル王の元に帰ると、不思議と王の病は治ってしまったとのことです。
このマンディリオンは現在はヴァチカンのローマ法王の元に現存します。
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2. 聖母マリアのベルト
Photo from "The Holy Belt of the Virgin, a Relic of the Assumption" NEW RITUGICAL MOVEMENT
マリアがトマスに手渡した形見
このベルトはラクダの毛で出来たもので、聖母マリアが手編みして身につけていたもの。死の直前にマリアが聖トマスに手渡したと伝えられます。
以下の絵では、マリアが昇天の直前に細長い紐のようなものを手渡す様子が描かれています。
パルマ・ヴェッキオ「聖母被昇天」
この聖なるベルトは14世紀にイタリアのプラートという町で「発見」されました。町の人たちはこの聖遺物を保管するための教会を建設し、現在まで大事にプラートの教会で保管されお祭りで群衆の前で披露されます。
なお、実は「聖なるベルト」はもう一つシリア・ホムスの「聖なるベルトの聖マリア教会」に存在し、シリアのキリスト教徒の信仰を集めています。
3. 聖ジェナーロの血
Photo from "The Blood Miracle of Saint Januarius"Miracles of the Church
液化する奇跡の血液
聖ジェローナ(ヤヌアリウス)の血は有名で日本の季節のニュースにもなるので、知っている方も多いと思います。司教が物々しいガラスの容器に入った赤茶色の物体を揺り動かすと、それまで固体だったのが液体に変化するというもの。
毎年この奇跡を見学しに多くの巡礼者ナポリのナポリ大聖堂にやってきます。
聖ジェローナはナポリ近郊のポッツォーロの人で、ディオクレティアヌス帝の時代にソルファラの火山クレーターにて打ち首になって殉教しました。
アルテミジア・ジェンティレスキ「ヤヌアリウスの殉教」
その血液はエウセビアという女性によって保管された後、数度場所を変えながら保管され続けています。毎年必ず聖ジェローナの殉教の日には液状化するそうですが、1527年と1980年の2回だけは液状化しなかった。果たして、1527年には疫病、1980年には地震がナポリを襲ったのでした。
4. アビラの聖テレサの手
独裁者フランコが愛した聖女の手のミイラ
聖テレサは16世紀スペインにおいて、修道会の改革を行った人物。清く貧しい本来あるべき修道院の姿を提示して各地に修道院を建設し、真の神の道を訴え膨大な量の著作も残しました。
新大陸の富で狂った当時のスペインの反動的存在と言えるかもしれません。
ルーベンス「アビラの聖テレサ」
彼女の遺体はミイラにされ清貧の象徴として大事に保管されていましたが、1937年に後に独裁者となるフランコ将軍はロンダにある修道院から聖テレサのミイラを盗み取り、手のミイラを枕の下に入れて寝ていたと言われています。1975年に終身国家元首のまま死亡した時は彼は右腕を掴んだまま息を引き取ったそうです。
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5. マグダラのマリアの腕
2本の指が欠けている(らしい)ミイラの腕
マグダラのマリアはイエスに付き従い、布教活動から普段の生活まで数々の行動をイエスと共に過ごした女。聖書では、殉教後に復活したイエスに最初に会ったのは彼女であったとされています。
ティッツァーノ「我に触れるな」
マグダラのマリアの遺体は保管され、その腕は聖遺物としてフランスのフェカンにある大聖堂に安置されてました。ところが1911年、有名な司祭であった聖フェーが「聖遺物を体に取り入れて完璧になりたい」という欲に取り憑かれ、爪でミイラの一部を剥がそうとした。ところが上手くいかなったので、歯で2本の指に噛みつき食いちぎってしまったそうです。
聖遺物とはいい大人まで狂わせる霊性があるのでしょうか…。
6. 洗礼者ヨハネの生首
Photo from " Salome, Herod, Herodias - and John"Salome with John's head, Book of Hours paintings
世界にいくつかある洗礼者ヨハネの首
上記の写真はフランス・アミアンのカテドラルにある、洗礼者ヨハネのものと「思われる」首です。
「思われる」と書いたのは、実は洗礼者ヨハネの首の現在の正確な所在地はよく分からず、宗教や宗派によって信じる場所が異なっており、例えばイスラム教徒はシリア・ダマスカスのウマイヤドモスクの中にあると信じているそうです。
洗礼者ヨハネはヨルダン川でパブテスマ(洗礼)をする教団を開いており、若きイエスはヨハネによって洗礼を受けました。
ピエロ・フランチェスカ「キリストの洗礼」
洗礼者ヨハネの生首といえば有名なのがサロメ。
マルコによる福音書によると、サロメはヘロデ王の前で踊りを踊り、感銘を受けたヘロデ王が「何か褒美を言え。どんなものでもやるぞ」と言ったところ、サロメは母に相談した上で「ヨハネの首を」と答えた。ヘロデ王は面食らったが、何でもと言った手前引っ込みがつかず、衛兵を仕向けてヨハネを殺害しその首を約束通り授けたのでした。
カルロ・ドルチ「ヨハネの首を持つサロメ」
冒頭の写真は、描かれている首と同一なのでしょうか?それとも…。
7. シエナのカテリーナの生首
Photo from "Hanging with the Dead: Relics and Incorruptibles"THE CATHOLIC TRAVELER
33歳の若さで亡くなった聖女のミイラ
シエナのカテリーナは14世紀にローマに生きた尼僧で、その清貧と博愛、知性の深さは当時から卓越しており、若くしてローマ法王グレゴリウス11世と文通するほどでした。カテリーナはアビニョンにあった教皇庁のローマ帰還を説き「イタリアの平和のためには教皇庁はローマにあるべきだ」としました。ところがグレゴリウス11世亡き後、ローマ法皇庁とアビニョン法皇庁の対立が発生し、教会大分裂(大シスマ)が起こるに至ります。
ドメニコ・ベッカフーミ「シエナのカタリナ」
カテリーナは幼い頃に夢で、キリストから「自らの包皮で出来た婚約指輪」を授かる夢を見て、一生を神に捧げる決意をしたとされています。
彼女が亡くなった後、地元シエナの人々はその亡骸を欲しがりましたが全部は取り戻せなかったので、頭部のみ切ってミイラにして地元の大聖堂に安置しました。
現在でもシエナのサン・ドメニコ教会で見ることができます。
8. イエスのアソコの皮
現在は行方知らずの「イエスの包皮」
名前を聞くからに怪しげなこの聖遺物が文献に現れるのは800年、フランク王国のシャルルマーニュが法皇レオ2世に献上したものが初めてとなっています。
伝説によるとこの包皮は5〜6世紀に生きたアイルランドの修道女、聖ブリジッドが天使から授かったもので、天使が彼女の舌に包皮を落としてみせた時、彼女は人生で初めてオーガズムを感じたそうです。
イエスの生きた時代、ユダヤ人は生後8日前後に包皮切除をしていたので、本当に爪先くらい小さいはずです。
この聖遺物は1983年まではインド・コルカタで保管されていましたが盗難にあい、現在は行方が分からなくなっているそうです。
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まとめ
ちょっと怪しいものも中には含まれていますが、こういうのを見て出自がおかしいとか、偽物だというか言うのは野暮なものです。
ディズニーランドに行ってミッキーを指差し「コイツの正体はただの着ぐるみで、中には人が入ってるのだ!」と言うくらい野暮です。あの空間では確かにミッキーは生きているし、中の人なぞ存在しません。
それと同じで、キリスト教会という空間やキリスト教を信仰する人々の中では、それは確かに偉人の聖遺物であって大変ありがたく尊いものであり続けるのです。
参考サイト
"The World’s 10 Most Mysterious Relics" The Richest
"Top 10 Religious Relics" TIMES
"Top 10 Odd Religious Relics" LISTVERSE
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