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こんなもの食えるか!アメリカ陸軍腐敗牛肉事件

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兵士諸君、クスリ漬けの牛肉を召し上がれ

「彼らは、その牛肉はまるで死体のようなニオイがしたと証言した。しかし、悪夢のように悪い兵站にあって、兵士たちはそんな最悪なものでも食べないとスペイン兵と戦えなかったのだ」

これは米西戦争後に米メディアが告発した「腐った牛肉缶」に関する記事の一文です。

戦争中、陸軍兵士たちに支給された牛肉缶は極めて品質が悪く、その肉を食べたせいで「多くの兵士が病死した」とされました。

20世紀初頭の全米を揺るがした食品スキャンダル事件です。

 

 

1. 蚊、マラリア、そして牛肉缶

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スペインを排除してキューバを掌握する主張は、もともと経済界を中心になされていましたが、世論の主意見ではありませんでした。

ところが1898年5月に発生した、アメリカ戦艦メイン号がキューバのハバナ湾で爆発した事件をきっかけにして、アメリカ世論は対スペイン征伐に一気に傾いた。

その後キューバに上陸したアメリカ陸軍は優位に戦闘を進めたものの、戦場の環境は悲惨きわまりないものでした。

 

熱帯のキューバの気候にも関わらず、軍は冬用の軍服しか支給せず、暑くてしょうがない。ジャングルの中ではマラリアを媒介する蚊が兵士を襲う。あちこちに沼があり全身泥まみれになる。

ようやく食事を摂ろうとするも、これが兵士たちにとっては悪夢の時間でした。

 

赤く塗られた缶詰の中身は牛肉。

だが熱帯のキューバの気候で長時間放置された缶詰は、数ヶ月間ずっと弱火で熱せられていたようなもの。

フタを開けると、肉は強烈な悪臭を放っており、緑色がかった茶色のネバネバした物体に変化していた

他に食べるものがない戦場、兵士たちは吐き気をもよおしながらも何とか飲み下したが、気分が悪くなったり、体調不良を起こす兵士が続出。

前線の兵士の苦情は、マスコミを通じて全米に広く知られることになりました。

 

 

2. マスコミ「米兵の死者の大半は戦闘でなく、牛肉缶のせいだ」

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戦後発表された事実でアメリカ世論は怒りに湧いた。

アメリカ軍の死者3289名のうち、戦闘による死者は332名で、残りの2957名は病死だったのです。

マスコミはこの主たる原因は「牛肉の缶詰にある!」と書き立てた。

 

この牛肉の缶詰を用意したのは、当時シカゴの「BIG3」と言われた大手食肉会社3社(モリス&カンパニー、スウィフト&カンパニー、アーマー&カンパニー)。

陸軍はスケジュールを優先させ、中身は何でもいいからとりあえず、「素早く・大量に」物資を調達するように3社に命令しました。

彼らは筋や脂ばかり集めた「くず肉」や、消費期限を大幅に過ぎた腐りかけの肉をかき集めて缶詰にし、膨大な利益を上げた。

中には日清戦争の兵糧用に用意された「5年前の缶詰」のラベルを、期限を誤魔化すために赤く塗りつぶしただけのもののあった。

 

こんなクズのような肉でも、香辛料を大量にぶち込んだシチューにすればまぁ食えなくはないし、実際にそのような使われ方が想定されていたのですが、

戦争中、アメリカ軍はコンロや鍋といった調理器具を一切用意していなかった

このことからも、米西戦争がアメリカ軍にとっても用意周到とは程遠い、ドタバタなものだったことが分かるのですが、

とにかく食肉加工業者の不正と軍のザルな管理のせいで、未来ある若者がたくさん死んだ、としてマスコミは軍批判を繰り広げた。

当初マッキンリー大統領は「そんのは些細な事だ」として取り上げるつもりはなかったようですが、世論の高まりと議会の圧力のため、特別委員会を組織し真相究明をすると約束せざるを得なくなりました。

 

 

3. マイルス少佐「あれはマジでひどかったぜ」

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調査委員会は軍人や民間の証言を集めたが、詐欺や不正の物的証拠は発見できず、最後にネルソン・マイルズ少将が証言台に立った。

マイルズ少将は米西戦争の司令官の1人で、英雄として国民に絶大な人気があった人物。国民がマイルズ少佐の言葉を固唾を呑んで聞き入った。

マイルズ少佐は語った。

「缶詰の中には腐っているものもあった。ひどい場合には、ロープやウジ虫が混入している場合もあった」

さらに将軍付きの医師はこう語った。

「冷蔵肉もひどかった。検索の結果、冷蔵肉からホウ酸とサリチル酸が検出された」

ホウ酸とサリチル酸は少量でも毒性のある物質で、それが保存料として肉に注射されていたと証言したのです。

 

マスコミは「それみたことか」と「薬物で防腐処理をした肉を兵士に供給していた!」と軍と政府に対し一大批判キャンペーンを展開しました。

マイルズ少佐はマスコミに対し、ある陸軍軍医が書いた手紙を公開した。

「私が検査したアメリカから輸送されてきた大部分の肉は、薬品が注射されており、明らかに冷蔵状態の悪さを薬品の注射で補われていた」

「外見上は問題がないようにも見えたが、ホルムアルデヒドを注射した死体と同様の臭いで、調理してみると分解されたホウ酸とよく似た味だった」

非常にセンセーショナルな内容で、これが事実であるか委員会は再度調査に乗り出しました。

 

 

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4. イーガン兵站総監「マイルズは大嘘つきだ!」

マイルズ少佐は告発を続けたが、委員会は少佐の言う証拠を発見できず、「少佐の証言も怪しいのではないか?」という意見も出てきました。

そんな中、軍兵站総監を務めていたチャールズ・パトリック・イーガンが委員会に対し「マイルズは大嘘うそつきだ」と非難する証言を行った。

「少将のウソは、野営地の便所の中身と一緒に少将の喉に戻してやりたいと思います」

イーガンは、マイルズの発言は自分自身に対する誹謗中傷であるとし、決闘して決着をつける、などと息巻く始末。

マスコミは大喜びしましたが、立場上上官であるマイルズに対する不敬罪で、イーガンは軍法会議にかけられ除隊させられてしまいました。

委員会は結局、「防腐処理をした牛肉」の容疑を立証することは不可能、という結論を出し、マスコミと組んでセンセーショナルに騒ぎ立てたマイルズ少佐を非難すらした。

 

ところが世論はマイルズ少佐を擁護。

なぜならマイルズ少佐は戦争の英雄であり、そんな偉大な人がウソなど付くはずなかろう、という理由からでした。

結局マッキンリー大統領は、マイルズ証言を調査するための特別法廷「牛肉法廷」を開くことを許可せざるを得なくなった。

ところがこの時になると、当のマイルズ自身が日和り始めた。

「記憶違いもあったかもしれないが、薬品漬けの牛肉を見たかどうか、不確かだ」

これにより牛肉法廷は「マイルズ証言を調査する」という目的を失い、休廷することとなってしまった。

 

結局、新聞の売上を上げただけでグダグダなまま終わったスキャンダル事件でしたが、この事件をきっかけに1906年に「純正食料及び薬品法」が成立し、食品基準が厳格化されることになったのでした。

 

 

 

まとめ

結果的に食品の検査基準が向上することになったので良かったのかもしれませんが、

事件自体はマスコミのセンセーショナルな騒ぎたてによって、本質が抜け落ちたものになっていったようです。

事件の真相はもはや解明不可能ですが、兵士たちに至急された缶詰が「食えたもんじゃない」ものだったことは確かだったようで、

これだけ騒がれた以上、アメリカ軍の「ミリメシ」の質の向上のベンチマークにもなっているのではないかと思います。

しかしまあ、戦地に行って腐った牛肉しか食い物がない絶望ったらないですね…。

旧日本軍の一部の部隊のように、「現地調達せよ」よりはマシかもしれませんが…。

 

 

参考文献

ミリメシ☆ハンドブックー独立戦争からイラク戦争まで レシピ130 J.G.リューイン, P.J.ハフ,武藤崇恵 原書房

ミリメシ★ハンドブック―独立戦争からイラク戦争まで レシピ130

ミリメシ★ハンドブック―独立戦争からイラク戦争まで レシピ130

 

 United States Army beef scandal - Wikipedia, the free encyclopedia

"Old Time Farm Crime: The Embalmed Beef Scandal of 1898" modern farmer

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