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西洋美術で学ぶ聖書の物語(中編)

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絵画で見るキリストの受難の物語

「聖書の物語を知ると絵画はもっと楽しい」

をモットーに、西洋絵画の題材によく取り上げられる聖書のエピソードをまとめていきます。前回は旧約聖書の物語を紹介しましたが、今回から新約聖書、 イエス・キリストの受難の物語です。非常に有名なエピソードばっかりなので、みなさんよくご存知のものばかりかとは思いますが。

前回はこちらよりご覧ください。

それではいきます。

 

 

13.  受胎告知

大工のヨセフと婚約していたマリアのもとに大天使ガブリエルが現れ、精霊による神の子の懐胎を告げた。まだ結婚もしてないのに、と驚くマリアに、ガブリエルは生まれる男児は神からの贈り物であることと、名をイエスと名付けるように告げて消えた。

この逸話を書いた絵は星の数ほどあり、有名な画家のものもたくさんあります。

ダ・ヴィンチの受胎告知は、彼の初期の頃の作品ですが、一点透視図法や天使の羽のリアルさなどすでにダ・ヴィンチらしさが出ています。

 

▼レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」1472〜1475年ごろ

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修道士であったフラ・アンジェリコは、生涯でこのテーマの作品を数多く描いています。中でも傑作とされるのが以下で、色合いといい構図といい、全体を包む神秘的な雰囲気は何と表現したらいいでしょう。マリア様は人間というより何か神様然としています。

 

▼フラ・アンジェリコ「受胎告知」1440年代後半

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一方、エル・グレコの受胎告知はかなり漫画チックです。今でもこういうポスターありそうですよね。ちなみに、ガブリエルの手元にある百合と鳩はマリアの純潔の象徴です。

 

▼エル・グレコ「受胎告知」16世紀後半

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14. イエスの誕生

ナザレに住んでいたヨセフとマリアは、ローマ帝国の住民登録のため故郷であるベツレヘムに戻ることになった。同じような人でベツレヘムはごった返しており、宿が取れなかった夫婦は馬小屋を借りた。イエスはそこで生まれた。

ルネサンス期の画家コレッジョが描いた「イエスの誕生」は、光と影の対比を使って登場人物の重要な順に目が写るように計算されています。「マリア&イエス→手前の羊飼い→天使→画面奥の父ヨセフ」とぐるりと視点が一周します。

 

▼コレッジョ「聖夜」1529〜1530年

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15. 羊飼いへのお告げ

ルカの福音書によると、イエスが誕生した夜、羊の番をしていた羊飼いの前に「主の御使い」が現れ「メシアの誕生」を告げた。羊飼いたちはあわてて周囲を探し始め、生まれたばかりのイエスに謁見した。

ファン・デル・フースの描いた「羊飼いの礼拝」では、中央右上で3人の羊飼いがイエスに謁見しています。イエスは床に寝かせられており、光り輝いている。なお、左右には身長のバランスの悪い人たちが描かれていますが、デカイのは聖人で、小さいのはこの絵を依頼した家族の姿だそうです。

 

▼ファン・デル・フース「羊飼いの礼拝」1475〜1476年

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16. 東方の三博士の来訪

マタイによる福音書には、東方から占星術の博士3人がイエスの誕生を知りやって来た。3人はヘロデ王に謁見し「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどちらにおられますか?」と尋ねた。3人はその後、星を追って進み、マリアとともにいる幼子を見つけてひれ伏し、黄金、乳香、没薬を捧げた。

3人の博士は、ヨーロッパ、アジア、アフリカを代表しており、また捧げ物は黄金=青年、乳香=壮年、没薬=老人を現しており、それぞれの年代を代表した姿でも描かれます。

ファブリアーノの描いた絵は、地域と年代の代表の姿を忠実に描いています。ゴシックから初期ルネサンスに至る過渡期に描かれたもので、人物の表情や動きなど、人間らしさが見て取れます。

 

▼ファブリアーノ「東方三博士の礼拝」1423年

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ファン・デル・ウェイデンが描く「東方三博士の礼拝」は、三連祭壇画になっており、中央に位置します。イエスの真上にある壁には「磔刑像」が架けられており、その後の運命を示唆しています。

 

▼ロヒール・ファン・デル・ウェイデン「東方三博士の礼拝」1455〜1460年

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17. エジプト逃避

ある日父ヨセフは夢で天使からのお告げを聞き「ヘロデ王がイエスを探しだし殺そうとしている」ことを知る。ヨセフはマリアとイエスにしばらくエジプトへ避難するように命じた。マリアはロバに乗り1000キロにも渡り歩いた。

ジョットの作品の右側にいて後光が指している男は父ヨセフ。彼はどこか不安そうだが、マリアは毅然としています。

 

▼ジョット「エジプトへの逃避」1304〜1305年

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ドイツ・ロマン主義のルンゲは、旅の途上のマリアとヨセフを描いています。

後ろの背景にわずかにナイル川とピラミッドが見え、旅の終わりが近いことが分かります。ヨセフが典型的なドイツ人顔をしてますね。

 

▼フィリップ・オットー・ルンゲ「エジプト逃避途上の休息」1805〜1806年

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18. ヘロデ王の嬰児殺し

東方三博士の言葉を聞き、自分を脅かす存在の登場に激怒したヘロデ王は、ベツレヘムと周辺にいる2歳以下の男児を全て殺すように命じた。

ニコラ・プッサンの作品では、1人の兵士が子どもに剣を振りかざし、母が必死で抵抗しようとしているシーン。背後には子を連れて逃げようとする母親が描かれ、阿鼻叫喚感が伝わります。

 

▼ニコラ・プッサン「嬰児虐殺」1630〜1631年

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ブリューゲルがこのシーンを描くとこんな感じになります。

パッと見はオランダの冬の風景なのですが、よく見ると兵たちが農村に押し入り赤ん坊を殺しまくる凄惨なシーンです。ブリューゲルは当時オランダを支配していたスペインの圧政を、ヘロデ王の嬰児殺しに例えて批判したのでした。

 

▼ブリューゲル「ベツレヘムの嬰児殺し」1567年

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19. イエスの洗礼

イエスはヨルダン川で洗礼教団を開くヨハネの元を訪ね、多くの洗礼希望者の列に並んだ。ヨハネは「自分こそあなたに洗礼させてもらうべき」とためらったが、イエスはヨハネを促し洗礼を受けた。すると天が開き、精霊がイエスの元に舞い降りてきた。こうしてイエスはメシア(救世主)として生きることとなった。

ヴェロッキョの作品では、中世以降一般的となった「頭の上から水をかける」方式の洗礼図で描かれています。

 

▼ヴェロッキョ「キリストの洗礼」1472〜1475年

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Photo by Livioandronico2013

 

上記の絵はイエスは足首しか水に浸かっていません。

マタイによる福音書には「イエスはパブテスマを受けるとすぐ、水から上がられた」とあり、中世以前は腰や胸までしっかり水に浸かった洗礼のイメージが一般的だったようです。

 

▼イタリア・ラヴェンナ アリウス派洗礼堂の天井モザイク

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Photo by Petar Milošević

 

 

20. 荒野の誘惑

洗礼を受けたイエスは、ユダの荒野に赴き40日間の断食を行う。

断食最後の日、悪魔が3回もイエスを誘惑してきた。3回目の誘惑の時、悪魔はイエスを非常に高い山の上に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて「もしお前が私にひれ伏すなら、この世界をお前に与えよう」と言った。イエスは「だた神のみを拝み、主に仕えよ」と言って悪魔を退けた。

ドゥッチョが描くシーンは、この逸話を分かっていないと、ウルトラマン級にデカくなったイエスが悪魔と漫才をしているようにしか見えません。

ちなみに、描かれた都市は彼の故郷シエナがモデルだとされています。

 

▼ドゥッチョ「山上の誘惑」1311年

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21. カナの婚礼

イエスはある時、母マリアと共にカナという村の結婚式に出席した。宴もたけなわの頃、ワインが足らなくなってしまった。イエスは女たちに命じて、3つの瓶いっぱいに水を入れさせた。そしてそれを宴会の世話役のところに持って行かせた。世話役が瓶の中の水を飲むと、それはワインに変化していた。

これはイエスが起こした最初の奇跡であり、全体的に陰鬱な話が続く聖書に出てくる数少ない愉快でおめでたいシーンなので、多くの画家がこのシーンを描いています。

なお、この結婚式が誰の結婚なのか聖書には書かれておらず、実はこれはイエス自身の結婚式であり、相手はマグダラのマリアではないか、という説もあります。

ジョットの描いたカナの婚礼は、水をワインに変えた瞬間を描いたもの。非常にシンプルな構図と描写です。基本的に登場人物は無表情で、奇跡が起こったファクト(?)に焦点が当たっているように思えます。

 

▼ジョット「カナの婚礼」1304〜1306年

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ティントレットの描いた絵は、会場のザワザワした雰囲気がよくわかり、声まで聞こえてきそうです。手前のオレンジの服を着た人物が世話役ですね。横の男が「どうだ?どうだ?」と聞いています。

 

▼ティントレット「カナの婚礼」1561年

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ヤン・コルネス・ベルメヤンの絵には、もはや世話役や瓶に入ったワインすら出てきません。皆の目線の先で世話役がワインを飲んで「おい!ワインになってるぞ!」と言って、イエスの周辺の人たちがざわつき始めています。

 

▼ヤン・コルネルス・ベルメヤン「カナの婚礼」16世紀半

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22. イエスの変容

ある日、イエスと弟子のペドロとヤコブとヨハネは山へ登った。すると、イエスの姿が突然代わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。イエスの両脇には、モーセと預言者エリヤが現れイエスと話し合った。弟子たちが畏れおののいていると、雲の中から声がして「これはわたしの愛する子。彼に耳を傾けよ」と聞こえてきた。

ラファエロは聖書の記述に忠実に描いています。光るイエス、白い服、両脇の預言者、畏れる弟子たち。下の取り巻き達はよく分かりませんが、「何だアレは!」「どうなっているんだ!?」「私にも見えるわ!」みたいに驚きおののいている様子が鮮やかに描かれています。

 

▼ラファエロ「キリストの変容」1518〜1520年

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23. ラザロの蘇生

ベタニアの町に住むマルタとマリアの姉妹、弟のラザロは、深くイエスに帰依していた。ところがラザロが病気にかかってしまい、イエスが駆けつける4日前に死んでしまった。イエスは墓に行くと、墓石を取り除き、ラザロに呼びかけた。すると死んだはずのラザロが生き返って出てきた。

ジョットが描くシーンでは、ミイラのようにぐるぐる巻きにされたラザロが描かれ、これを見る限りは生き返っているようには見えません。よほど臭いのか、右の人物は鼻を抑えています。イエスにひざまずいているのは、マルタとマリアの姉妹。

 

▼ジョット「ラザロの蘇生」1303〜1305年

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24. エルサレム入城

ガリラヤを出た一行は、途中でラバを捕まえてエルサレムに向かった。旧約聖書「ゼカリヤ書」でロバに乗ったユダヤの王の来訪は予言されていたため、人々はイエスを熱狂的に出迎えた。

ドゥッチョの「エルサレム入城」は彼の最高傑作とも称される作品。シュロの葉や自分の服を敷いてイエスを歓迎する人々が門前に大量に詰めかけ、興奮が伝わってきます。

 

▼ドゥッチョ「エルサレム入城」1311年

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ファン・ダイクの描く「エルサレム入城」はより接写の構図。奥には興奮した群衆が詰めかけているのが見えます。濃いカラーが左から、「黄→青→赤→黄→青→赤」と並んでおりその目に入る大きさが、左側に対象物が進んでいくように見せています。非常に科学的な絵ですね。

 

▼ファン・ダイク「エルサレム入城」1617年

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エルサレムの神殿に入ったキリストは、神聖な神殿内で肉や生け贄を売ったり、両替商をしている商人たちを見て激怒する。そしてテーブルをや物売りの腰掛けなどをひっくり返してしまった。こうした行為を容認していた祭司長や律法学者はイエスを恨み殺そうとするが、人々が熱狂的にイエスを迎えるために、手が出せなかった。

 

エル・グレコの作品では、毅然とテーブルをひっくり返すイエスと、左側に悪徳商人が描かれ、商人たちは陽の光を浴びた吸血鬼みたいにもだえてグニャグニャになっています。

 

▼エル・グレコ「神殿から商人を追うキリスト」1595〜1600年ごろ

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25. ユダの裏切り、最後の晩餐

過ぎ越しの祭のためにエルサレムに入ったイエスは、祭を祝う食事の用意をさせる。

その間、裏切り者ユダが祭司長の所に行き、「あの男をあなたたちに引き渡せばいくらくれるか」問う。銀貨30枚を払う、と彼らは言った。

ドゥッチョの作品には、銀貨を受け取るユダが描かれています。

 

▼ドゥッチョ「ユダの契約」1311年

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そうして過ぎ越しの祭の晩餐のテーブルに付いたキリストと12人の弟子たち。

この場でイエスは「お前たちの1人が私を裏切ろうとしている」と言い、自らパンを手で分け「とって食べなさい、これは私の体である」、次にぶどう酒を注ぎ「この杯で飲みなさい、これは私の血、契約の血である」と述べた。ユダにパンを渡すとき、イエスは「しようとしていることを、今すぐしなさい」と言った。ユダは1人で外に出て行った。

最後の晩餐といえば、ダ・ヴィンチの言わずと知れた大傑作を思い浮かべる人も多いでしょう。イエスの生涯を象徴する最も劇的な場面であり、小説「ダ・ヴィンチ・コード」のようにこの絵にはメッセージが隠されている、と深読みまでされるほどです。

この絵の特徴的なところは、他の画家の「最後の晩餐」では区別されて描かれるユダを列席の中の一員に描いていること。イエスの神秘性も強調されず、窓の外からの光で自然に際立つものになっています。

 

▼レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」1495〜1498年ごろ

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デル・カスターニョの作品では、ユダはイエスと弟子たちと向かい側のテーブルに座っています。真っ黒な髪のユダは妙な孤独感を出しており、何ともいえない気分になります。

 

▼デル・カスターニョ「最後の晩餐」1447年

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繋ぎ

後編に続きます。

後編ではいよいよ磔刑→復活という聖書のクライマックスシーンに突入します。

 

reki.hatenablog.com

 

参考文献 西洋美術で読み解くキリスト教の謎 田中久美子監修 宝島社

西洋美術で読み解くキリスト教 (別冊宝島) (別冊宝島 1827 スタディー)

西洋美術で読み解くキリスト教 (別冊宝島) (別冊宝島 1827 スタディー)

 

 

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