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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

西洋美術で学ぶ聖書の物語(前編)

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この絵って何のモチーフなんだ?

ヨーロッパに旅行に行くと、絶対に美術館に行く機会がありますよね。

ルーブルとか、バチカンとか、ロンドン・ナショナル・ギャラリーとか。

その時にたくさん見るに違いないのが「聖書を題材にした絵画」。

聖書に幼い頃から慣れ親しんでいるヨーロッパ人は「ああ、これね」って感じで理解できるでしょうが、あんまり知らない人間にとってはこれがどういう意味を含んでいるか理解できない場合が多い。

これって、めっちゃもったいなくないですか。

全部は無理だけど、やっぱりある程度聖書の物語を知っておいたほうが、楽しみの幅が拡がると思うんですね。

ということで全3回で、聖書の有名なエピソードと有名な絵画を取り上げます。

実際にヨーロッパに行った時に「ああ、これね」と言ってみたい人に送る回です。

今回は旧約聖書です。

 

 

1. アダムとイブの楽園追放

 神は天地創造の6日目にアダムを作り、そのあばら骨でイヴを作った。

そして2人をエデンの園に住ませた。

 

▼デューラー「アダムとイヴ」1504年

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ところが、悪魔のヘビにそそのかされたイヴは、「禁断の果実」を口にしてしまう。

失望した神は2人を永遠に楽園から追放し、アダムに「労働の苦しみ」を、イヴに「出産の苦しみ」を与える。

最も有名な「楽園追放」の絵は、マザッチョの作品でしょう。初期ルネサンスの画家マザッチョは、追放される2人の悲しみを感情豊かに表現しています。

 

▼マザッチョ「楽園追放」1424年〜1428年

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2. ノアの方舟

アダムとイヴの3男セトの子孫たちは大いに繁栄し、次第に堕落し神の言いつけに背くようになった。そこで神は大洪水を起こして人類を一掃しようと考えた。

しかしノアだけはよく神の言うことを聞いていたので助けることにした。神はノアに大きな方舟を作らせ、つがいの生き物と家族を避難させよと告げた。

このテーマも数多くの画家が描いていますし、誰もが知るエピソードですよね。

パオロ・ウッチェロの「ノアの大洪水」は、「同じ空間に違う時間軸のシーンを描く」という斬新な手法を用いています。絵の左側は洪水に襲われ人々が阿鼻叫喚な中を逃げわ回っているところ。右側は洪水が去り、累々たる屍が横たわっているところを描いています。

 

▼パオロ・ウッチェロ「ノアの大洪水」1440年ごろ

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3. バベルの塔の崩壊

洪水を生き残ったノアの子孫は再び繁栄し、地上を覆い尽くした。そして再び驕り高ぶるようになり、「天まで届く塔」を作り神に並ぼうとした。

それに怒った神は人々の言葉を異なるものにしてしまい、意志の疎通ができなくした。そのため、塔の建設は途中で放棄された。

このエピソードで有名なのは、ブリューゲルの「バベルの塔」です。誰もが一度は見たことあると思います。この絵にはブリューゲルが生きた16世紀の建築技術が精緻に描かれており、当時の建築を知る上でも貴重な資料になっています。

 

▼ブリューゲル「バベルの塔」1563年

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4. 神がアブラハムに与えた試練

ノアの長男セムの子孫のアブラハムは、長い間子が生まれず年老いてようやくイサクという息子が生まれた。喜ぶアブラハムに神は過酷な試練を課す。アブラハムに、自らのために息子イサクを殺して献じよ、というもの。モリヤの山の上に登り、覚悟を決めた息子の喉元に刃物を刺そうとしたその時、天使が仲裁に入ったためイサクは助かった。

この題材もポピュラーです。レンブラントに描かれたアブラハムは、まるで子羊でも屠殺するかのように、イサクの目を隠し、動脈を確実に掻き切ろうとしています。やたらリアルですよね。

なお、アブラハムはアラブ人の始祖と言われています。

 

▼レンブラント「アブラハムとイサク」1634年

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5. ロトと娘たちの近親相姦

アブラハムの甥ロトは、 死海近くの町ソドムに定住し子を儲けた。しかし、当時のソドムは堕落し、男色(ソドミー)がはびこっていた。神はソドムの町に火の雨を振らせて滅ぼすことにした。だが正直者のロトは助けてやることにした。併せて「逃げるとき決して振り返ってはならない」とも告げた。

間もなく神は硫黄の矢を天から振らせソドムとゴモラの町を滅ぼした。ロトと妻、2人の娘は町の外に逃げたが、妻は思わず後ろを振り返ってしまい、塩の柱に変えられてしまう。娘2人はこのままでは子孫が途絶えてしまうと心配し、父のロトをぶどう酒で酔わせ「強チン」してしまう

その禁断の近親相姦も多くの画家によって描かれています。アルトドルファーの絵は、背後に燃え盛るソドムの町、そして手前に大きく超ヤル気のロトが描かれています。2人の姿は滑稽な動物にすら見える。

 

▼アルトドルファー「ロトとその娘たち」1537年

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一方、ヨアヒム・ウアテールが描くロトは、酒に酔ってもうろうとしている。奥の娘の表情と手前の娘の肌の白さが、いかにも妖しい感じを表していますね。

 

▼ヨアヒム・ウアテール「ロトと娘たち」1630年ごろ

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6. 父を騙して家督を受け継ぐヤコブ

父アブラハムに殺されかけたイサクは、リベカという美しい娘と結婚して、エサウとヤコブという2人の息子を授かった。イサクは活発なエサウを好んだが、リベカは知的なヤコブを好んだ。ヤコブは母リベカと策を巡らせ、長男の権利をエサウから奪おうとした。ある日、鹿の料理を出すように命じたイサク。エサウが狩りに出かけた隙に犯行に及んだ。ヤコブの腕にうさぎの毛皮を付けさせ、毛深いエサウのように変装させ、イサクに鹿料理を供させた。すでに年老いて盲目になっていたイサクは、その毛深い腕に触れてエサウだと勘違いし、長男の権利をヤコブに与えてしまう

ホセ・デ・リベラの絵には、窓の外にエサウ、悪巧みの顔をする母リベカ、冷淡な顔のヤコブ、盲たイサクと、異なるテンションの4人が緊張感を生んでいます。

なお、ヨセフはイスラエル人の始祖と言われています。

 

▼ホセ・デ・リベラ「ヤコブを祝福するイサク」1637年

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7. モーセとエジプト脱出

モーセのエジプト脱出のエピソードは、映画「十戒」の紅海が割れるシーンを思い浮かべる人も多いと思います。

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 ヨセフが亡くなった後、エジプトではイスラエル人が増加し、400万人にも膨れ上がった。ファラオは増加するイスラエル人を弾圧するようになった。

 モーセは孤児だがファラオの王家の一員となっていたが、ある日イスラエル人を鞭打った役人を殺してしまい、追放され40年間も荒野で過ごすことになってしまった。神はそんなモーセにイスラエルの民を率いてエジプトから脱出させ、約束の土地カナンに導く指導者になるように命じた。人々は兵に追い立てられ紅海のほとりに達した。前は海、後は兵。困り果てていると、神はモーセに杖を高く挙げるように命じた。そのようにすると、海が2つに割れ対岸まで歩いて渡ることが出来た。

その後シナイ山に達したモーセは、山上で神から石版に書かれた十戒を授かり、イスラエルの民と神との間に契約が結ばれた。この契約によりイスラエル人は一神教となった。しかしモーセの帰りが遅いことを心配した民は、黄金の仔牛像を作って踊り狂った。これを見たモーセは激怒し石版を割ってしまったが、神に許しを乞いて再び十戒を授かった。

 

レンブラント後期の代表作「モーセと十戒」は、モーセが神との契約である十戒を見せ怒っている様子を描いています。

 

▼レンブラント「モーセと十戒」1659年

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フィレンツェのマニエリスムの代表格ブロンズィーノの紅海徒歩は、海が割れているシーンではなく、人々が海を渡り終わってほっと一息ついているところを描いています。画面の奥に波に飲まれた軍隊の旗や戦車が見えます。

オレンジの衣を着たモーセに角が生えていますが、これは聖書が翻訳される時にヘブライ語の「カーラン」が「輝く」と「角」と2つの意味があるため、モーセを角が生えた人物と描きそれが定番化してしまったためです。

 

▼アーニョロ・ブロンズィーノ「紅海渡歩」1541〜1542年

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8. イスラエル王国2代目の王・ダビデ

神はイスラエル部族のうちヤミン族の青年サウルを王に選んだ。だがサウルはやがて神を軽んずるようになったので、神はダビデを2代目の王に選んだ。

ダビデは3メートルもあるペリシテの大巨人ゴリアテを投石紐だけで倒し名を高めた男。ダビデ王は戦いでイスラエル王国の領土を拡張させていき、カナン人のものだったエルサレムを陥落させそこに首都を作った。

最も有名なダビデ王の絵は、ボローニャの巨匠グイド・レーニーの作品。パリ・ルーブル美術館で見た人も多いと思います。バロック絵画の王道を行く光と影のコントラスト。ゴリアテの首も、リアルなようでいて寝ているようにも見え、エグさより気品のほうが優っています。

 

▼グイド・レーニ「ゴリアテの首を持つダヴィデ」1605年ごろ

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一方でダビデ王は女関係にだらしがなく、ある日宮殿のバルコニーから水浴びをする美女バテシバ(将軍ウリヤの妻)を見て欲情し関係を持った挙句、妊娠させてしまう。

そのことが分かると王は将軍ウリヤを戦場に送り込み、戦死させてしまった。

レンブラントの描くバテシバは、水浴びのシーンとダビデ王からの召喚状を受け取るシーンの2つが合成されています。バテシバの表情は物憂げで、この先の苦難を予兆するかのようです。 

 

▼レンブラント「バテシバ」1654年

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9. イスラエル3代目の王・ソロモン

イスラエル王国3代目の王は、バテシバが産んだ子ソロモン。

ソロモン王はエルサレムの神殿を建設し、国際貿易を促進しイスラエル王国を強大な国にした。また神を愛し、掟と戒めを守って暮らした。 

ソロモン王は判断力にも優れていた。ある時、ふたりの女がひとりの子供の所有権をめぐって争っていた。裁判に臨んだ王。ふたりの女に「では、剣でその子を半分に切り分けてみよ」と命ずる。ひとりの女はそれに同意したが、もうひとりは子の命を助けたいために所有権を放棄する。それを見た王は、放棄した女が本当の母親だと判決し子供を返した。

ニコラ・プッサンの名作「ソロモンの審判」は、シンメトリーで描かれ左右の均衡が取れており、物の配置、配色、すべてが科学的に計算され尽くしています。

 

▼ニコラ・プッサン「ソロモンの審判」1649年

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10. ライオンの巣窟から脱出した預言者ダニエル 

 ソロモン王の死後、イスラエル王国は北のイスラエルと南のユダに分裂。北は前722年にアッシリアに占領され、南は前586年にバビロニアに滅ぼされてしまう。

バビロニア王ネブカドネザルは、ユダからの捕虜を自分の配下に組み入れた。その1人がダニエルで、彼は王の信頼を得て出世した。しかし彼の出生を快く思わない高官の嫉妬から、ダニエルはライオンの巣窟に投げ込まれてしまう。しかしダニエルは多数のライオンに囲まれながらも無事に生還したのだった。 

このシーンの代表的な絵画はルーベンスの作。凶暴なライオンと、足元に転がる人骨、そして神に救いを求めるダニエル。ダニエルの体は光で照らされて、悲痛な表情で、体は硬直している。光と影の使い方、人とライオンの巧みな描写が受け手に「どうなっちゃうの?」と思わせるような緊張感を生んでいます。

 

▼ルーベンス「ライオンの巣窟の中のダニエル」1613〜1615年ごろ

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11. 魚の胆のうで父の視力を回復したトビアス

年老いて盲目のトビトは、息子のトビアスにアッシリアに借金の返済に行くよう命ずる。 トビアスは途中から大天使ラファエルと同行して旅を続ける。ある川のほとりで大きな魚がトビアスのふところに飛び込んできた。ラファエルは魚の胆のうと心臓と肝臓を持っていけ、と言う。その後トビアスは、悪魔アスモデウスに取り憑かれた女サラを、肝臓と腎臓を燻した煙で退治してサラと結婚。帰宅後、魚の胆のうを父の目に塗ると、なんと父の目が見えるようになった。

ボッティチーニの作品は、トビアスがサラと会う前、天使と旅をしている様子を描いています。手には魚がありますね。この絵には、中央の大天使ガブリエルの他、鎧をまとった天使ミカエル(左)と、百合を持った天使ガブリエルが同行しています。

 

▼ボッティチーニ「トビアスと3人の天使」1470年

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12. 長老を拒否した貞節な女スザンナ

バビロンに住むヨアキムという男の妻スザンナは、神に忠実な美しい女。

ある時、彼女が水浴びをしていると、裁判官として選ばれた2人の長老が水浴びの音を聞いてヨアキムの家の庭を覗き込んできた。スザンナの美しい体を見た長老は欲情し、彼女に乱暴をしようとした。しかしスザンナは必死で抵抗した。 目的を果たせず逆恨みをした長老たちは、スザンナを「不倫の罪」で訴えた。しかし、バビロンの高官になっていた預言者ダニエルはこの訴えが不当なものであることを見抜き、スザンナを救った。

この逸話もかなり絵画のモチーフとしては人気があり、というのも女性の裸体を堂々と描くことができるからです。聖書ですからね。ルーベンスの作品に描かれた長老はいかにも悪党面ですが、ムスリム風の服装をしています。で、スザンヌは金髪白肌でいかにも穢れ無き美女といった感じ。この悪党と無垢の対比は、当時の国際情勢と異教に対する偏見を描き出していて興味深いです。

 

▼ルーベンス「スザンヌの沐浴」1607〜1608年

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繋ぎ

こういう知識を予め知っておけば、美術館に行ったときに「これは何を描いているんだ?」という基礎的なクエスチョンマークの先に行くことができて、とってもいいですね。

次は新約聖書の逸話をまとめます。かなり量が多いので、2回に分けたいと思います。

reki.hatenablog.com

 

 

 

参考文献 西洋美術で読み解くキリスト教の謎 田中久美子監修 宝島社

西洋美術で読み解くキリスト教 (別冊宝島) (別冊宝島 1827 スタディー)

西洋美術で読み解くキリスト教 (別冊宝島) (別冊宝島 1827 スタディー)

 

 

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